第6話 慣れない子育て

「やっと寝た……」

「はっちゃんも休んだらいかがですか? 昨日もほとんど寝てませんよね」


 何かよくわからない成り行きで、この謎の赤ちゃんを預かって五日である。


 話には聞いていたけど、まさか赤ちゃんのお世話がここまで大変だとは思わなかった。ハイハイしていることから、まぁ少なくとも生後半年は経ってるだろうってことでおパさんの協力を仰ぎつつ離乳食も与えてはいるんだけど、めちゃくちゃ楽しそうに吐き出すんだよね。嘘でしょ。

 それと、おむつは替えたそばから――何なら替えてる最中におかわりがあったりして。さすがに布おむつは大変だってことで紙おむつにしたんだけど、ちょっとでも替えるのが遅れるとお尻が真っ赤になっちゃうのが可哀相だから、それも目を光らせてないといけない。


 幸い、お風呂は好きみたいなのでそこまで大変ではなくて、ケモ耳達が三人体制で毎日入れてくれている。


 日中はケモ耳達も慶次郎さんも歓太郎さんも仕事だ。あたしは結婚を機に仕事を辞めたから、この子のお世話はあたし一人で――まぁ、ケモ耳達が交代で顔を出してくれるけど――見ている。


 あっ、ちなみに、赤ちゃんは男の子だった。なんて呼んだらいいのかわからないので、とりあえず便宜上『セイ君』と呼んでいる。恐れ多くも『安倍晴明殿』からお借りした形だ。慶次郎さんの父方の親戚のお子さんということは、そっち方面の家系なんだろうし、かすりもしない名前かもしれないけど、失礼には当たらないだろう、ってことで。


 ご飯食べさせて、お風呂に入れて、おむつもチェックしつつ、散々遊び倒して疲れさせ、抱っこでゆらゆらしまくって、やっと彼は夢の世界へと旅立ってくれたというわけだ。


 お気に入りらしいガーゼを握ったまま、すぴすぴと可愛らしい寝息を立てているセイ君は、もうひたすら可愛い。起きてる時も可愛いは可愛いんだけど、うん、なんていうか、小悪魔っていうかね。つかまり立ちはまだなんだけど、ハイハイが出来るもんだから、ちょっとでも目を離せばもう大変。ハイハイって思った以上に速いのね。気づいたらいなくなってんの。


 だからほんと、寝顔はマジで天使よ。


「お言葉に甘えて、ちょっとだけ横にならせてもらおうかな。一時間で起こしてくれる? まだ八時だし」

「もっとゆっくり、朝まで寝てもいいんですよ?」

「いやー、悪いよ。セイ君起きるかもだし」

「いま寝たばかりじゃないですか」

「これが案外ね、起きたりするのよ。マジで油断出来んから」

 

 今日もお昼寝したと思ったら、あたしが離れた途端に泣いて起きてさ、と笑いながら話す。へへん、こんなに懐かれちゃってるのよ、すごいでしょ、みたいな、まぁいわゆるマウント的なノリだ。


 だったのだが。


「だったらなおさらもう寝てください! 後のことは僕が全部やりますから! 夜泣きもおむつも僕にお任せください!」

 

 セイ君が起きないよう、声のボリュームはかなり抑えてはいたけれども、両肩をがしりと掴まれて、結構なガチトーンである。


「いや、そんな悪いし」

「悪くなんかないです。日中、はっちゃん一人に大変な思いをさせてしまって申し訳ありません。はっ、そうだ。世の中には育休という制度があるはずです! 僕も育休を――」

「ちょっと落ち着きなよ慶次郎さん。みかどってそんなシステムあったの?」

「これから作ります!」


 まぁ、今後のことを考えたらあってもいい制度かもしれないけど。いや、ていうかあなたパパではないしね?


 ていうか――、


 があるのかな、あたし達。

 つまりは、セイ君じゃなくて、本当にあたし達の子どもが、っ意味で。


「あのさ、慶次郎さん」

「何でしょうか」


 セイ君の寝顔をにこにこしながら見つめている姿は、何だか本当にセイ君のパパみたいだ。そんなことを思う。


「慶次郎さんは、自分の子どもが欲しいって思ったこと、ないの?」


 もし、あるんだったら、そういう話になってもいいはずなのに。一向にそういう話にも、そういうムードにすらならない。信じられないかもしれないけど、あたし達はまだキスすらしてないのだ。神前式だったし。


 もしかしたら慶次郎さんは子どもが苦手とか、そもそもそういう欲がないのかもしれない、なんてことも考えた。けれども、この数日、セイ君と接している姿を見ていると、少なくとも、子どもに対して苦手意識を持っているようには見えない。


「あの、欲しい気持ちは多分にあるんですけど、ただその……、ちょっと怖い気持ちもあったりはします」

「怖い? どゆこと?」

「あの、もし、もしもですけど、力があったらどうしようって」


 拳をギュッと握り締め、慶次郎さんは言った。


「僕は、この力があって良かったと思ったことがほとんどないんです。大切な人を守ったり助けたりしたことはありますが、それだってこの力がなければそもそも起こり得なかったことでしたし」


 僕が僕でいることで、結果として周囲の人を危険に晒してしまうというか、と。


「はっちゃんだってそうです。僕なんかに出会わなかったら」

「はい黙れ」

「ぅえっ!? だ、だま……!?」

「ごめん、『黙れ』は強すぎた。あのね慶次郎さん、それは慶次郎さんが思うのは勝手だけど、言っちゃ駄目だよ」

「え」

「あたしとか、歓太郎さんとか、あともちろんご両親もだけどさ。慶次郎さんのこと大切に想ってる人の前では、『僕なんか』とか言っちゃ駄目」

「だ、駄目ですか」

「駄目。心の中にしまっときな。そんで、どこにしまったかも忘れちゃうくらいの奥の奥に隠しとけば良いよ。慶次郎さんは、それも引っくるめて慶次郎さんだし、そうじゃなかったらあたし達いまこうしてないじゃん。それとも何? 慶次郎さんはあたしと出会って結婚までしたこと後悔してんの?」


 そう言って睨みつけると、「……っそ!」と、たぶん「そんなことはありません」くらいのことを言おうとしたんだろうけど、声を出せばセイ君が起きると思ったのか、慌てて口を押さえ、その代わりに首をぶんぶんと振った。そして、囁くような声で、


「僕ははっちゃんと出会えて良かったです」


 と吐き出す。


「それに、もしあたし達の子どもが慶次郎さんみたいに何かすんごい力を持ってたとしてもさ」

「はい」

「それを後悔するかしないかはその子次第だよ。もしかしたら、能力は慶次郎さんでも、性格はあたしに似るかもしんないじゃん?」

「た、確かに!」


 いま気づいたみたいな顔してるけどさ、どうして何から何まで百%自分に似ると思ってんだこの人は。

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