第5話 とりあえずは、謎のまま
***
「ど、どどどどどどどうしよう、は、はっちゃんが、はっちゃんが……」
赤ん坊を頬にぺたりとつけたまま、慶次郎がガクガクと震え出す。
「おい、しっかりしろ慶次郎。まさに自分で蒔いた種だろ?」
式神の純コが、ぽん、と優しく肩を叩く。
「た、種……? 僕、種なんて蒔いてないけど……。野菜? 花? ほんとに何も……」
「あー、うん、慶次郎さ、そういう『種』ではないんだよねぇ。なんていうか」
「じゃ、じゃあ何の種? どうしてはっちゃんあんなに怒っちゃったんだろう。ぼ、僕、謝りに行かないと」
とりあえず、この赤ちゃん、離してくれないかな、との言葉を聞いて、歓太郎が「あいよ」と抱き直す。いざ、と走りかけたのを「ちょい待ち」と制すると、慶次郎はその場で駆け足をしながらも一応は止まった。
「いや、マジで身に覚えないのか?」
「何のこと?」
「この赤ん坊だよ。ここまで似てるって、なかなかないぞ? お前の子じゃないのか?」
「ぼ、僕の?! えっ、はっちゃんとの赤ちゃんってこと? やったぁ! じゃなくて、いつの間に!?」
「落ち着けって。してもないのに出来るかよ」
慶次郎の天然が過ぎる発言に、さすがの歓太郎もため息である。
「まさかと思うけど、慶次郎ってその辺の知識ないとかないよね?」
「いやその可能性あるんじゃないか、この反応……」
「さすがに保健体育の授業は受けているのでは? いや、インフルか何かで休んだんですっけ?」
式神達が固まって、眉をしかめながらひそひそする。歓太郎はそちらをちらりと見て、また大きく息を吐いた。
「いずれにしてもだ。どう見てもお前と無関係じゃないだろ」
「そ、そうかもしれないけど……」
「まぁ、お前だしなぁ。でも、はっちゃんは関係アリと思い込んでるぞ?」
「そうだよ。だから謝りに行かないと」
「落ち着けって慶次郎。謝るったって、なんて言うつもりなんだよ」
「え? ええと、よくわからないけど、この度はどうやら僕の蒔いた種が原因みたいで、って言えば良いのかな」
「ヤメロヤメロ。馬鹿か。余計拗れるっつーの」
「じゃあどうすれば……」
真っ青な顔で震える弟を不憫に思い、なんとかしてやりたいという気持ちはあるのだが、さすがの歓太郎でもこの赤子が一体何者なのか皆目検討が――いや、いくつかのアタリはつけているものの、どれもこれも荒唐無稽すぎて口に出すのも憚られるのである。
「とりあえず、親戚の子っつーことにでもするしかないな」
「親戚の子?」
「慶次郎は父さん似だからな。父方の親戚ってことにすれば」
「そんな、はっちゃんに嘘つくなんて」
「嘘じゃない。俺らだってこの子が何者かなんてわからないんだ。だけど、兄の俺にはわかる。お前は無実だ。が、ここまで似てるってことは、血縁であることは間違いないだろ。この顔は母さんの方のじゃないし。だったら父さんの方の親戚の子である可能性が高い」
「それはまぁ、確かに」
「……というわけなんだよ、はっちゃん」
一応納得はしたものの、どう考えても慶次郎にはうまく説明することは出来ないだろうという判断の元、歓太郎が、プンプンと破裂せんばかりに頬を膨らませている弟嫁に、さもさもそれが真実であるかのように伝えることとなった。
本当に出て行くつもりだったと見えて、葉月の傍らにはパンパンに詰められたボストンバッグが二つある。それを見た慶次郎が「はっちゃん、どこへ行くんですかぁ!」と彼女に縋り付く一幕ももちろんあった。
ただ。
いくら父方の親戚の子だとしても、だ。なぜそんな子がここに、しかも『捨てられて』いたのか、という話である。普通であれば、どう考えてもそこに疑問を抱くはずなのだが、
「お義父さんの方の親戚の子、かぁ。確かに慶次郎さんってお義父さんにそっくりだもんね。それなら納得だわ。でも、捨てるなんて余程の事情があるんじゃない? ここに呼んで詳しく話を聞くとか――」
「いや、あのねはっちゃん。ウチにもさ、恥ずかしながら、人様には言えないゴタゴタがあるっていうか……」
と目を伏せると、
「あっ、ごめん。あるよね、そういうの! うん、大丈夫、いまのやっぱなし! 聞かない聞かない!」
踏み込んではならない話だと思ったのだろう、葉月はぶんぶんと両手を振った。普段は何かと暴言を吐いたり、力で解決しようとする葉月だが、その辺については一応配慮が出来るのである。あっさりと信じてくれたことに対してはホッと胸を撫で下ろしたものの、やはり騙しているようで心苦しい。歓太郎にだってそれくらいの良心はある。
「とりあえず、その子の両親と何とか連絡を取って、なるべく早く迎えに来てもらうようにするから、しばらくの間みんなでお世話するってことで、はっちゃんにも力を貸してほしいんだけど」
ほら、予行演習ってことで、と付け加えると、葉月は、「ン゛ッ」と妙な声を上げて顔を赤らめた。どうしました、はっちゃん? とそれを慶次郎が心配そうに覗き込む。
「いや、慶次郎。そこはお前が頑張るところだからな」
「え? 僕? 赤ちゃんのお世話? もちろん頑張るよ」
「うん、まぁ、それもだけどな」
とにもかくにもそういった経緯で、新婚夫婦の元に突如謎の赤子が現れ、しばらくの間面倒を見ることになったのである。
ただもちろん、葉月には『親戚の子』という設定で誤魔化したにしろ、いつまでもここに置いておくわけにもいかないため、歓太郎は水面下でこの赤子の親探し――というか、そもそもこの子が何者なのかを探ることとなった。
真実を知らぬは葉月のみ――と言いたいところだが、慶次郎もまったくわかっていない。
俺が何とかしなくては。
歓太郎は大きくため息を付いた。
***
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