第4話 どっちの?っていうか

「あっ! 帰ってきた! 純コ、帰ってきたよ!」

「おおおお、慶次郎、歓太郎! 良かった、帰って来たぁぁぁ!」


 玄関のドアを開けるやいなや飛び込んできたのは、半泣きになっているケモ耳イケメンモードのおパさんと純コさんである。


「うわっ。何? どうしたの二人共?!」

「おい、ちょっと待て。純コ、お前が抱えてんの――」

「えっ、ちょ、それ、どこの子?!」


 赤ちゃんである。

 

 ふっくりとした真っ白もちもちのほっぺに、くりっくりのお目々とふわっふわの柔らかそうな黒髪。イケメンに育つことが約束されているような、何ともきれいな顔立ちの赤ちゃんである。何が面白いのか、こちらに手を伸ばしてキャッキャと笑っている。


「どこの子っていうかさー」

「そんなのおれ達が聞きたいよな、おパ」

「は? どういうこと?」


 と兄弟が仲良く首を傾げていると、どうやらおむつを洗い終えたらしい麦さんが、ゴム手袋を脱ぎながら疲れた顔をしてこちらに歩いてきた。


「やっと帰って来ましたね、二人共。もう大変だったんですから。――それで、なんです?」


 と、何やら凄味のある視線を歓太郎さんと慶次郎さんに向ける。


「どちらって、何が?」

「おい、まさかと思うけど」


 何一つわかっていない様子の弟とは対照的に、兄の方は、何かに気づいたらしい。


「ま、慶次郎のわけはないだろうけどね」

「どう考えてもな。だから」

「やっぱり歓太郎ですかね」

「は、はぁ?」


 えーとね、うん、私もわかった。ケモ耳達が何を言いたいのか、もうまるっとわかった。


「歓太郎さん、ちゃんと責任取りなね」


 まぁ、常日頃からセクハラ発言ばかりかましてる人だから、そこまで驚きはしなかったけどさ。


「ちょっと待って、はっちゃんまで!?」


 肩にポンと手を乗せると、その手を取られて、ぶんぶんと大きく首を振る。


「違う! 絶対違うって!」

「往生際が悪いよ歓太郎さん。腹括りな? どこのお嬢さんに手ェ出したわけ?」

「だっ、出してない! いや、出したことはあるけど、そうじゃなくて!」

「出してんじゃん、最低」

「ああっ、ガチでゴミでも見るような目で! 違うんだって、話を聞いて!」

「何」


 絵的には完全に隠し子発覚しちゃった旦那とその嫁なんだけど、彼は私の夫ではない。夫の兄である。


「はっちゃん、あの、歓太郎が一体何を? 歓太郎、この赤ちゃんに何か心当たりでもあるの?」


 そんでその弟の方はこの期に及んでもまーだ何もわかってねぇと来たもんだ。えっ、慶次郎さん、マジで二十八歳だよね? あれ? 保健体育の授業って全部欠席してた?


「そりゃ俺だって心当たりは0じゃないよ? 0じゃないけどさ! どう考えても計算が合わないんだよ! 俺、(あの嫉妬深い神様のせいで)もう何年も彼女いないし!」


 だから信じてはっちゃん! と両手を握られる。いや、そんなこと力説されてもさ。なんか小さい声でごにょごにょ聞こえたけど、神様が何だって?


「――っそ、それに!」


 そう言うと、歓太郎さんは、純コさんが抱いているその子をそっと抱き上げて頬と頬をぺたりとくっつけ、顔を並べてみせた。


「見てよ! 俺の顔じゃない! どっちかって言うと――」

「へ? 何?」


 そして次に、隣でおろおろしていた実弟の頬にもぺたりと押し付け、


「これは慶次郎の顔だよ!」


 と声を上げた。


「僕? 僕の顔が何?」

「はぁ? そんなことあるわけ――……って、いや、似てる。えっ、似てる! 似すぎてる! ていうか、そっくり!」

「言われてみれば歓太郎の顔じゃないね、これは」

「だな。とにかく美形な赤ちゃんだからとりあえずどっちかだろって思ってたっつーか、まぁ歓太郎だろうなって思ってたけど」

「先入観、って恐ろしいですねぇ」

「えっ、何? 何? 僕の顔が? えっ?」


 赤ちゃんと顔をくっつけたまま、あわあわしている慶次郎さんは、そこでやっと、『何かしらの疑惑を向けられている』ことに気づいたらしい。


「えっ、と、何かよくわからないけど、僕が何かしたの? ねぇ誰か、黙ってないで教えてよ。おパ? ねぇ純コぉ。麦まで何でそんな目で見るの? はっちゃん、はっちゃん?!」

「信じたくないけど、ここまで似てるってなったら、もう疑いようがないじゃん」

「え? はっちゃん?」

「慶次郎さん、見損なったよ。そりゃあさ、手を出したのはあたしと籍入れる前だったりするかもだけど」

「ちょ、あの、何の話ですか? 見損なったって、あの」

「あたしのこと好き好きオーラ出しといて、ちゃっかり他の女とヤッてんじゃん! あたしには手ェ出してこないくせに! 馬鹿ぁ!」


 本当はほっぺをひっぱたいてやりたかったけど、彼の片頬には何の罪もない赤ちゃんがいるのだ。空いている方を殴ったとしても、衝撃は伝わってしまうだろう。だからやめた。


 だから、それだけ叫んであたしはだだだだだと廊下を走って階段を駆け上がり、寝室へと飛び込んだ。ええい荷造りだ荷造りだ! 出てってやる! 実家に帰ってやる!

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