第3話 十日ぶりに帰宅したら――

 結局。


 本家に滞在したのは十日間。

 おかしいでしょ。当初の予定では三日だったからね? 普通ちょっと長引くとしてもせいぜい一日二日でしょ。プラス七日ってどういうことなの。


 とはいえ、だ。

 仕事がなかったわけではないのである。

 それはそれはひっきりなしに客はやって来た。たぶん、全国津々浦々から来てるのだ。そんなにそれ系でお困りの人達がいるのには驚いたけど、中にはそこまで深刻じゃないものも当然のようにあったりして。そこまで深刻じゃないも何も、「密かに思いを寄せているあの(あの人)との縁を結んでくれ」みたいなのもかなり多かったから。むしろこれ系が大半だったから。


 ちなみにこれに関しては相手との相性やら何やら(犯罪性がないか等)を見極めた上で、当たり前だけど縁結びの御祈祷とお守りの授与程度しか出来ない。


 まぁそれでも、だ。ガチで深刻なやつがそこまでたくさんいるんだったら、ウチの神社でももっと大々的にやれば、とも思うんだけど、何せこっちと違って人が足りない。あくまでもあそこは知る人ぞ知る寂れまくった神社なのである。それに、歓太郎さんの話では、別に慶次郎さんじゃないと祓えないレベルの案件なんていうのは年に一件あるかないか、らしい。つまり、そのガチめのやつにしたって、ここに常駐している神主さんでもどうにか出来るというわけだ。ただ、ちょっとアレコレ面倒だったりするだけで。


 そこで、年に数回帰省するスーパー陰陽師様にまとめて片付けてもらおう、という算段なのだとか。


 とまぁ、この辺の話は全部田所の爺に吐かせた。側近らしき爺が「なんと恐ろしい嫁だ!」と震えていたが知ったこっちゃない。


喜衣子きいこは良かった」


 と、爺共は口を揃えて喜衣子さん――慶次郎さんと歓太郎さんのお母さん、つまりあたしのお姑さんだ――の名前を出した。そんで、「ハワイ分社にやったのは失敗だった」、「むしろこっちをハワイに」「いや、そうすると慶次郎もハワイに行ってしまう。それは痛手だ」などとひそひそし出す。


 その中の一人が、


「慶次郎がハワイに行ってしまったら、年に数回の


 と口を滑らせたのをあたしは聞き逃さなかった。


「つまりアレか、お前達は厄介事をウチの亭主に押し付けて、のんびり休暇を取ってたってことか? お?」


 ターゲットを本丸(田所)からそいつに変え、目一杯低い声を出してやれば、そいつ――今後のために名前はきっちりメモった。三島みしまな。覚えたから――はガタガタ震えて「滅相も!」と叫び、助けを求めるように周囲を見回したが、誰一人目を合わせない。おい、ここの爺共みんな薄情すぎない? 大丈夫、ちゃんと一人ずつ順番にやっつけてやるから震えて待ってろ。


 と、そういった感じで全員均等に説教かまして、やってやったとホクホク顔のあたしである。


 本家にはしばらく顔見せだけで良いとの言質も取ったし(次は嫁さん無しで来いと慶次郎さんにこっそり耳打ちしたやつもいたが、「そんな! はっちゃんを一人で留守番させて何かあったらどうするんですか!」と断られてた。ザマァ)、まぁ、来た意味はあったかな、一応。


 いや別にね? 慶次郎さんにしか出来ないやつはね? 全然良いのよ。むしろ良いのよ。そこは呼んでもらっても全然。問題はね、自分達でも出来るのをやらないでいたことなのよ。甘ったれてんじゃねぇぞ老害共がよ。慶次郎さんはお前達の奴隷じゃねぇんだからな。


 それで、だ。

 お土産もたくさん買ってホックホクで帰宅したわけなんだけど。


「おかしいですね、誰も出迎えに来ません」


 来ないのである。

 いや、別に出迎えが必要なほどの豪邸というわけではない。ないんだけど、いつもなら、あのわちゃわちゃと騒がしい三人(あるいは三匹)がそれはそれはわちゃわちゃとお出迎えしてくれるのだ。


「まぁ、そういう日もあるんじゃない?」


 何か手が離せないとかさー、などとのんきなことを言いながら、門をくぐった瞬間。


「純コ純コ純コ――! そっち! そっち行ったそっち行った!」

「はぁぁぁぁぁ――!? 嘘だろ、さっきまでそっちで寝てたじゃねぇか!」

「おパ! 純コ! 良いですか、私はおしめを洗ってきます! ここは任せましたよ!」

「任せて!」

「おうっ!」


 なんとも切羽詰まったケモ耳達の声が聞こえた。


「何でしょう、騒がしいですね」

「犬か猫でも拾って来たか?」

「えぇ! いいじゃん! あたしどっちも好き! ちなみにここってそういうの飼ってOKなの? 慶次郎さん、アレルギーとかあったりしない?」

「ねぇはっちゃん、どうして俺には聞いてくれないの?」

「僕は大丈夫です。歓太郎も大丈夫だよね?」


 一仕事終えてまったりモードのあたし達はまだそんなのんきなことを話しながら、その声がする方に向かって歩く。


 ――いや、待って。なんかおかしくない?


「……いま麦、おしめって言ってませんでした?」


 先に気づいたのは意外にも慶次郎さんだった。


「ペット用のおしめ……いや、おむつ? まぁ、あるよ。あるよね? 俺、ホームセンターで見たことある、うん」

「あたしもあるのは知ってるけどさ、ペット用のは使い捨ての紙タイプが主流っていうか、わざわざ布おむつは使わないんじゃないかな」

「でも、だとしたら……?」

「犬や猫じゃ、ない……?」

「てことは――」


 さっきまでシワシワよぼよぼの老人ばかりを見てきたせいだろう、


「もしかして、迷い老人を保護!?」


 そんな言葉が口を突いて出て、それにぎょっとした土御門兄弟が駆け出した。


「おパ、純コ! お年寄りにはもっと優しく!」

「お前らまずは警察に――!」

「ちょ、ちょっと待ってよ二人共!」


 それを後ろから慌てて追いかけるあたし。

 いや、案外二人共足速いな?!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る