第2話 あたし達新婚なんですけど?!

 そんなこんなで、目下本家に滞在中のあたしである。神事についても陰陽道についてもなーんの知識もないけど、手伝いくらいはと巫女装束をお借りして、境内の掃除やらお守りや御札の販売を手伝ったりしているわけだが――、


「陰陽師様、本当に、本当にありがとうございました!」


 そんなことを言って、涙ぐみながら慶次郎さんに何度も頭を下げていく人達を、何人か見た。


 げっそり痩せた我が子を連れた老夫婦に、いまにも倒れそうな奥さんを連れた旦那さん、それから、小さい子どもを抱えた若い奥さんもいた。みんな、噂を聞きつけて、あるいはホームページを見て、もうここに縋るしかないんですと口々に言うのだ。医者も見放した、怪しげな霊能者も頼った、民間療法の類もあらかた試した、でも駄目だったと。


 ないわけではないのだ。令和のこの時代でも。

 なんていうか、悪霊だの、祟りだの、呪いだの、といったようなものによる不調は。まぁ、呪いに関してはあたしも経験済みだからわかる。


 それで慶次郎さんは、ホンワカパッパと呪文を唱え、あのバサバサがついた棒をバサバサして、御札をあれやこれやしたりして――つまりはあたしには何一つわからないことをして、あっという間に祓ってしまう。もちろんそれで一気に元気になるというわけではない。霊だの何だののせいで身体そのものが弱りまくっているからだ。なので、あとは普通の生活を送る中でゆっくり回復させていきましょうね、となるわけである。


 まぁ、その辺のことを話すのは巫女の恰好をした歓太郎さんなんだけど。慶次郎さんはもうとにかく祓うだけ。何せどこに出しても恥ずかしくないレベルの立派なコミュ障であるからして。お祓いが終わったら、なんかあうあうしてるだけだし。逆に何でそんなことになる?


 お祓いを数件済ませ、さすがに疲労の色が見えた陰陽師様にお茶を差し入れてやろうと給湯室に行くと、先輩わいせつ巫女歓太郎さんに捕まった。その第一声がこれだった。


「惚れ直しちゃった? はっちゃん」


 まぁ確かに彼も活躍はしていた。いつもの歓太郎さんとはちょっと違ってた。顔の作りはどうあれ明らかに声や背恰好が男なのに何で巫女なの? なんて突っ込みを入れる人はいなかった。妙にしっくりきているのだ。まるで元々この神社の巫女はそうであるかのように。そうであらねばならぬように。


 ただ、だからといって、だ。

 仕事モードはさておくとしても、通常時がひたすらわいせつな彼である。せっかくちょっと見直しても、素の部分が見えてしまったらアウト。黙ってりゃそれはそれは神秘的な男巫女(これもまた矛盾した言葉だけど)なんだけどなぁ。


「歓太郎さんには別に」


 だからはっきりそう言ってやった。

 すると彼は、にまー、と笑って、お盆の上のお茶を手に取った。


「『歓太郎さん』、ねぇ。てことは、他のやつに関しては、惚れ直したってこと?」

「あっ」


 指摘されて己の失言に気づく。


「まぁ、仕方ないよなぁ。仕事の時の慶次郎はなぁ、うん、カッコいいよなぁ。あの狩衣かりぎぬがコスプレ衣装に見えないのってある意味才能だと思うしさ」

「ま、まぁそれは確かに?」

「あいつが唯一ヘタレない時間だもんなぁ。いやマジで陰陽師モードのあいつはカッコいいよ」

「まぁ……うん」


 そう、慶次郎さんがカッコいいのである。


 あたしは普段、ヘタレている慶次郎さんしか見ていないのだ。カフェで店長をしている時でも、お客さんとは定型文のような接客しか出来なくて、アドリブが全然利かなくて、電話番号とかメッセージアプリのIDが書かれた紙なんて渡されようものなら、返答に詰まってパニックを起こす。


 そして仕事外でも基本的にヘタレている。最早ヘタレていることこそが標準モードなんじゃなかろうかってくらいにヘタレている。いい、あのね? あたし達、新婚なのよね。恋人期間0で新婚に突入したわけ。毎晩一緒のベッドで寝てるわけ。


 マジでなーんにもしてこないからね。


 あのね、手に触れるだけで精一杯だから、彼。二十八歳だよ?! 信じらんなくない? 毎晩、「お隣よろしいでしょうか」って聞いてからベッド入ってくるからね? いやいやいやいや、妻と一緒に寝るのに「お隣よろしいでしょうか」って何? 相席? ていうかね! そりゃあたしだってまだまだ新婚生活を楽しみたい気持ちはありますけど! だけどさ! こんなんじゃいつまで経っても子どもなんて出来なくない?! あっ、もしかしてその辺ご存知ない方?! しかもここ最近は何か用があるとか言って、夜中まで帰ってこなかったし! 用って何だ! 新婚夫婦のアレコレより優先させる用って何だ! やる気あんのか、コノヤロウ!

 

「畜生、このクソ兄貴! しっかりその辺教育しとけぇ!」


 思わず心の声が出て来てしまい、やべっ、と口を押さえるが、時すでに遅し。覆水盆に返らず、である。


「えぇぇ!? 何で俺いきなり怒られたの?! 何の教育?! でも悪くない! いいなぁ慶次郎。毎晩はっちゃんにこんな感じで詰められてるんでしょ?」

「詰めてない! ていうか、歓太郎さんは毎晩詰められたいわけ?」


 とんだドМ野郎だな!


「え~? 詰められたいっていうかぁ? まぁ、そういうプレイとして?」

「プレイとか言うな!」

「あっはっは。ま、慶次郎で満足出来なくなったらいつでも言ってよ。俺、全然愛人ポジでも良いし~」

「良いわけあるかぁ! このセクハラ野郎!」

「――うごぉ! さすがはっちゃん。人妻になってまた一段と切れが増したね……」


 あたしの右フックが脇腹に入り、歓太郎さんが崩れ落ちる。


 ほんとマジであり得ん! 弟嫁にこんな堂々と不倫のお誘いする馬鹿がどこにいんのよ! 


「あぁ、いたいた歓太ろ――あぁ、はっちゃんもここにいたんですね。ていうか、歓太郎どうしたの? お腹痛いの?」

「え? あ、あぁ、これは全然大丈夫なやつ。まぁそのなんだ、自業自得的な?」

「あたしいま歓太郎さんの口から『自業自得』って言葉が出て来てすげぇびっくりしてる。自覚あるんだ。そんで、どしたの、慶次郎さん」

「一体何をしたんだ歓太郎は……。ええと、休憩終わりだよって伝えに来たんです。今日はあと五組控えてるので、そろそろ開始しないと」

「ウッソ、もう? ちょ、ちょっと慶次郎さんほらお茶淹れたから、一口でも飲んでって」


 あと五組って、あのね、お祓い自体は五分でも、その前後に色々あるからね? トータルで三十分はかかるから! なぜって、あのクソ老害の総大将みたいな爺が「あんまりぱっぱと終わらすな、神聖さが薄れる」とか何とか言うから! あの爺、やっぱりもう一回ぎっちり締めないとだな。九十いくつだか知らんが、容赦しねぇ。


 そんでお茶を勧められた慶次郎さんもね、


「はっちゃんが僕のために……!?」


 ってイチイチ涙ぐまないでくれるかな?!


 あっ、ほら、偶然通りがかったバイトの巫女さん達(授与所担当)が何かひそひそしてる! たかだかお茶を淹れてもらっただけで感動するって、普段何もしてないみたいじゃん! もうそういう嫁だと思われてんじゃん!

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