第15話 最後の週末
______2023年4月6日
「もしもし?テイクアウトの注文をお願いしたいんだけど……?」
「はい! フライドポテトと唐揚げとサラダに……かしこまりました!」
かつきが働く居酒屋ではお昼時に配達の営業を始め、たくさんの注文の電話がかかってくる。
「店長! ポテトと唐揚げ追加で入りました!」
以前は夜の居酒屋だけだったのだか、このご時世もあり昼間はお惣菜やお弁当などを販売している。もちろん、かつきの仕事ぶりがなければ昼間の営業はできなかっただろう。
「了解! かつき! 出来上がってる分まとめておいて!」
それだけかつきの仕事ぶりを店長は評価していた。花見シーズンともあり売り上げは上々。今日みたいな天気の良い日は平日と言えどお花見客からの注文も多い。
「分かりました! えっと、今の注文も一緒に持っていきますか?」
慌ただしい店内では静かにラジオが流れている。
えー次は、ラジオネーム花より団子さんからのお便り──
「週末は近所の公園でお花見をしようと思っています! これを楽しみに仕事頑張ります!」
との事でした〜。いや〜ちゃんと桜も見てますかね〜! ただ、今日の午後から雨が降るみたいなので、傘を持って、せっかくのご飯を濡らさない様にしてくださいね〜……
「そうしよう! かつき! 雨が降る前に配達行ってきてくれ!」
垂れ流しのラジオは続く。それでは次のお便りで……
「はい! 了解です! すぐ出ます!」
あらかじめ空けておいたスペースにさっきの注文を詰め込み、最小限の動きで外に停めてある原付にまたがった。
「気をつけてな!」
店長の気遣いに軽く会釈をし配達に向かう。原付を走らせると、水分を含んだ冷たい風が体を撫でる様に通り過ぎていく。午後くらいには降ってそうだな。早いところ終わらせるか……
彼の運転は慣れたもので、一件目、二件目と快調に届け、残るはあと一件。
街中を走り回り最後の配達に向かっている途中、見覚えのある橋に差し掛かった。
「あ、やっぱりここだ。まだ桜は咲いてるみたいだけど……もうだいぶ葉桜になってきたな」
かつきは少しの間だけ原付を停め、いつもの桜を見下ろす。毎年、満開になると集まってたっけ。今年はもう集まれそうにないな……
日々、バイトに明け暮れ、今日もまたこうして働いている。その間は何も考えられないほど慌ただしかったが、こうして桜の木を見るといつもあの光景を思い出す。
「来年は集まりたいな。二人とも元気にしてるのかなぁ……」
春の風景を頭に浮かべながら、再び原付を走らせ配達に戻る。配達が終わればもう道を気にせずに帰るだけなので、まだ頭の中に余裕がある。来年は何を持っていこうか。お洒落な食べ物って難しいんだよな……そんな事を考えながらかつきは最後の配達に向かった。
______その夜、湿った風が窓を強く叩き、だんだんと雨音が聞こえ出した。
締め切った部屋では分からないけど、多分、雨が降ってきたんだろう。まぁ、外に出ない私には関係のない事だけど。家に閉じこもって長い時間が過ぎた気がする。もうかおるちゃんは働いているんだろうな。しばらく誰とも話していない。話し相手はテレビか自分。
テレビから流れる天気予報雨は、この後も降り続き、これから週末にかけて、不安定な天気が続くでしょう。と伝えている。
「はは、空が私の代わりに泣いてるみたい……」
テレビに慰められ、また私は惨めな気持ちになる。もう流れる涙も無くなった。頑張ろうとする気力も尽きた。食欲は失せ、望みは絶たれ、目の輝きも消えた。残っているのは、かおるちゃんになりたかった自分と液晶に映る醜い自分だけ。
ああ……最悪だ。また、映り込む自分と目が合った。生気のない酷い顔をしている。そんな表情が見えると余計に苛立ってしまう。理想と現実が余りにも離れているこんな惨状を、自分で認めたくない。もう自分が嫌で嫌でたまらない。憧れを捨てきれず、変わっていく自分を見て見ぬ振りをして駆け抜ける。その成れの果てがこの部屋なのだろう。気が狂いそうになる。こんな自分も、こんな部屋も、こんな生活も、こんな社会も、全部無くなれば良いのに。ああ、もう嫌だよ……疲れちゃった……
先の見えない真っ暗な部屋で一人。
そんな孤独の中では、僅かに保たれていた正気が、少しずつ崩れていくのを感じた。
風が吹き荒れる外とは対照に空気さえも動くことがない部屋ではテレビの音だけが響く。
「以上、天気予報をお伝えしました」
「先週に満開を迎えた桜も、こうも雨が続いてしまうと残っている事が難しいでしょうか」
「そうですね。週末のお花見は今週が最後になるかもしれません」
「残された花びらも見納めになってしまいそうですね」
「それでは、次のニュースです……」
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