第14話 春雨の中で
______2023年3月29日
天気は雨。薄暗い雨雲が街全体を包み込む。桜は既に満開を迎え、連日のこの雨で散っていく花びらが増えてきている。
「えーと、スーツはタイトスカートにパンツも揃えたし、ストッキングも肌色のやつ……あ、念のために買い足そっか……えーっと、それから」
私は入社式を間近に控え、その準備に振り回されていた。本当は仕事が始まる前にあかりちゃんとかっちゃんに会いたかったんだけど、それも連絡が取れず会えずじまい。
「一度、会場までの道順も確認しておこうかな」
外の景色は窓を伝う水滴でぼやけ、車が水を跳ね除ける音が聞こえる。部屋のテレビからは、夕方には一旦雨が止みますが、しばらくは不安定な天気が続くでしょう。と聞こえてくる。
「夕方には止むのか……でも、こういうものは早い方がいいよね」
私は傘を手に取ると外へ出た。何だか空気が生暖かい。ようやく春になってきた事を実感する。春からの勤務先は最寄駅から電車で数駅行ったところで、比較的に土地勘はある。引越しを伴わないのでまだ日程にも余裕があった。
「この雨で桜が散らないといいんだけど」
今年はみんなで桜を見たかったけれど、それは叶いそうにもなかった。かっちゃんはオープンしたお店が忙しく、あかりちゃんは連絡が返ってこない。かく言う私も、新生活に向けた準備でばたばたしている。
また来年、桜が咲いたら皆んなで集まろう。
でも、今日は寄り道をして桜の様子でも見に行こうかな。私は急遽予定を変更して河川敷へ向かう事にした。雨はさっきよりも強く私の傘を叩きつける。傘から落ちる雫は靴の上で弾け、それが靴下まで染みてきては、私の体温を奪っていった。
これじゃあ風邪ひいちゃうな。今日は駅まで行くのはやめておこう。ただ、せっかくここまで来たし桜の様子を見るだけでも……
「あ! よかったまだ花びら残ってる!」
そこには遠くからでも分かるほど、その木はまだ淡い色に包まれていた。いつもの桜の木。いつもの景色。でも、私にとっては思い出の詰まった大切な場所だった。目を閉じればあの時の光景を思い出す。
早くまた集まりたいな。そんな気持ちが高まるにつれて、ふと、二人の声が聞きたくなった。しばらく会えてないし、今は何をしてるんだろうか……
「よし、今日は珍しくグループ通話しちゃおう! そこでみんなの近況でもきいてみようかな!」
早速、私はあかりちゃんとかっちゃんの二人がいるグループに連絡を入れると着信音が鳴り響く。一回、二回、三回、四回──
「やっぱり皆んな忙しいのか……また落ち着いたら連絡しよう」
私は春の感傷に浸りながらゆっくりと来た道を辿っていった。
「二人とも元気にしてるかな……」
_______ベットの上から動けずに天井を見上げる。薄暗い部屋の中は静かで、心の重さと身体の気だるさがベットに沈んでいく。そんな時、かおるちゃんから電話が来た。グループ通話みたいだ。私はそっと目を離す。きっと就職の話だろう。私も同じ様に頑張ってるのに……かおるちゃんは上手くいき、私は何も上手くいかない。かおるちゃんが上手くいけばいく程、それが重圧となって私に降り注ぐ。羨ましい。でも、素直に応援できず、いつの間にか挫折を期待してしまう自分がいる。かおるちゃんも同じ様に落ち込んでさえいれば、私はこんな風にならずに支え合えていたかもしれないのに。
私の中で、憧れと嫉妬と絶望が入り混じる。
かおるちゃんみたいに……何かが上手くいけば……かおるちゃんのSNSには就職活動の終わりと卒業の写真、他にも華々しい投稿が並んでいる。その一つ一つにたくさんのいいねが付けられていて、どれを見ても幸せそうな笑顔が写っている。ただ、その隣に私はいない。
皆んな躓けばいいのに。躓き、傷だらけになってたくさん泣いて、そうすれば私だって自分を慰められるのに……部屋の中で一人でいると、そう考えてしまう。でも、そんな自分を激しく嫌悪する自分もいる。毎日がその繰り返し。
「はぁ……もう疲れた……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます