第9話 それぞれの宣言
______二年前、大学三年生の秋。
あれから三人は集まる頻度が増え、来る試験に向けて教え合いながら対策をしている。前回の成績がよろしくなかった私にとって、この試験は絶対にいい結果を残したい。そんな意気込みは人一倍ある。
そんな私は今、かおるちゃんの部屋で厳しく監視され問題を解いている真っ最中だ。
眼鏡をかけているから本気も本気なのだろう。今にも逃げ出したいという気持ちが、喉を抜けて口まで来ている。
「はい五分たったからそこまで! 採点するけど──ここの問題さっきも間違えてたよね? こう言うのは量を解かないと身につかないからこの範囲はあと二十問追加で解こっか」
今見れば分かるのに……悔しい。でも苦手だから早く終わらせてこの範囲から抜け出したいなぁ。と、そんな時。
「ふぅ、そろそろ休憩にしようか」
待ちに待った休憩! いくら意気込みがあるとは言え私の集中力は特段に増えない。これが私のだめなところなんだろうけど……かおるちゃんが眼鏡を外しながら息を吐いた。その様子を横目で見る私。よし、かおるちゃんの本気スイッチが切れた……これでようやく解放される!
「あぁぁ疲れたー! 逃げ出したかったー!!」
あ、口に出すつもりは……恐る恐るかおるちゃんの方を見る私。
「あかりちゃん頑張ってたもんね! 今お茶入れるね」
よかった。やっぱり眼鏡をかけてない時は優しいかおるちゃんだ。危ない命拾いをした。キッチンからくすくすっと笑う彼女を見て一安心した私は床に寝転がる。
「かおるちゃんって凄いよね。勉強もできるし、気がきくし、優しいし」
こんな私がかおるちゃんと一緒にいて良いのかな? なんてたまに思ったり。思わなかったり思ったり。
「そんなことないよ! あかりちゃんだって元気が良いし、よく喋るし、皆んなを助けたいくらいにお節介でしょ?」
ん、なんだ何か引っ掛かったぞ? これは褒められているのだろうか。複雑なワードを受信した私が返答に迷っていると……
「お邪魔しまーす! お待たせー!!」
もっと元気でもっとよく喋る、私の上位互換みたいなやつが合流してきた。
「いやー! 最近、バイトが忙しくてさ! なんか最近よく店長から頼られるんだよ! 困っちゃうよな!」
口からでる言葉とは裏腹に満更でもなさそうな顔でうきうきのかっちゃんが入ってきた。
「この社畜め! せっかく私の褒められタイムだったのに割り込んでくるな!」
「えーメズラシイそれは邪魔したね!」
と、絶対に思ってもない返事をしてきたので私はまた寝転がる。良いよ私は勉強を教えて貰ってたし、結果出してもっと褒めてもらうんだから。
「お疲れ様! ちょうどお茶も入れてたし、みんなで乾杯でもしよっか!」
キッチンから戻ってきたかおるちゃんが手際よくお茶を配ると突然決起集会が開かれた。
あ、あかりちゃんが眼鏡をかけた……あれ、休憩ってもう終わりなのかな?
「はい、じゃあ私から! 来年は学生最後の年で就活もあります! 今から気合を入れて、みんなで乗り越えよっ!」
この時期から就活も視野に入れているなんてなんとしっかりしているんだ、と関心していると……じゃあ次はあかりちゃんね! 自然にバトンが回ってきた。
え、まだ何も考えてなかったのに。
「え、えっと……そうだよ! 就活もあるじゃん! 私もうこれ以上は無理だよぉみんな助けて! 一丸となって私を助けて!!」
隣でそれは決起じゃないよ、とかおるちゃんの口から聞こえた気がしたが、見た目はにこにこしていたのでもう満足だ。次!
「俺は頑張って就職する! んで、いつかは自分の店をだす! 卒業はできたら嬉しい!!」
おいおい学生の本分を忘れるな! と思わず突っ込みかけたが、その突っ込みは私にも刺さるのでぐっと我慢した。
「はい、皆んな宣言したからには頑張ろうね?」
言わせられた節もあるが確かに頑張らなきゃいけない年だ。流石の私もそれは分かっている。でも私は宣言はしてないから──
「あかりちゃんもね??」
──と言う考えは考えただけでもちろん頑張ります。と、私は心の中で繰り返し、かおるちゃんに向かって激しく相槌を打った。
やっぱり眼鏡だ。あの眼鏡は私の心を読めるんだよきっと。さっきの休憩中は優しかったのに……かおるちゃんはいつから眼鏡でスイッチ入れる様になったんだっけ……あ、そっか。
「もうあと一年で終わっちゃうんだ」
今頃になってその事を認識し、つい呟いてしまった。これだけもっと一緒にいたいのに来年には全部終わっちゃうんだ。なんか、急に寂しくなってきちゃった、そんな私の気持ちを嗅ぎ分けたのか、かっちゃんが口を開く。
「でもさ! まだ時間は一年もあるんだ! これから就活に試験に忙しくなるけどさ、皆んなで頑張って乗り切ってまた集まろうな!!」
かっちゃんのくせにいい事を言う。そうだよね。まだ一緒にいられる時間はあるんだ。少ししんみりしちゃったけど、最後の一年を大切にしなくちゃな。一人で感傷に浸ってしまったので涙腺が潤んできた。やばい、泣きそう……でもここで泣くにはまだ早い! 私は慌てて皆んなを見渡す。
かっちゃんは元気を体現しているかの様に気合を入れている。右良し。よかった涙はぎりぎり溢れない。最後にかおるちゃん。ダメだ、かおるちゃんを見たら泣きそう。でもきっとかおるちゃんの目も潤んでいるはず──
──と思ったが、視界の端でどさっとプリントが置かれる光景が入り込んできた。左良し。あ、涙引っ込んじゃった。
「そっかぁ……今、眼鏡かけてたっけなぁ」
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