第8話 ぐしゃぐしゃな頭の中

 ______二年前、大学三年生の春。



 町には緑が茂りいつもの桜にはたくさんの花びらが舞っている。今年も三人は仲良く集まり河川敷の桜の下でお花見をしているところだ。ただ、いつもとは違ったどんよりとした雰囲気がこの場所に漂っていた。


「あかり元気だせって。悔しいと思えるくらい頑張ったんだろ? また、取り返せるって」


 普段であれば、何かと抜けているかっちゃんを私とかおるちゃんでいじる光景が飛び交う。しかし、今回は柄にもなくかっちゃんが私を励ましてくれている。仲間思いのところがかっちゃんの良いところだけど、私はその励ましの言葉を素直に受け取れないでいる。


「そうだけどさ、でも、結果がついて来ないんじゃ意味がないんだよ」


 成績が思うように伸びず、それをまだ引きずりに引きずって気持ちが前を向いてくれないのだ。気持ちを切り替えて次を目指さないといけない事なんて分かっている。分かってはいるけど、前を向くのが怖い。自分でも認める程にたくさん頑張った。その事実がこれからの未来に重くのしかかる。また、これ以上に頑張っても同じ結果が目に浮かぶ。


「私も支えるからさ! 今度は、三人で力を合わせていこうよ!」


 かおるちゃんも優しく声をかけてくれる。ただ、このままだと立ち直れないのを感じとったのか話題を変える作戦にでたみたいだ。


「さ、気分転換にかっちゃんが持ってきてくれたものでも食べよっ! 今年は何を貰ってきたの?」


 かおるちゃんのナイスパスを受け取ったかっちゃんは、待ってましたと言わんばかりに荷物を漁る。


「今年は一味違うぜ! 店長セレクトのとっておきがある!」


 彼の大層な前置きに勝手に期待値が高まって行く。隣のかおるちゃんもついに成長したか、とでも言いたそうな顔をしてその様子を見つめている。そんな中、かっちゃんが取り出したのは……スコーンだった。


「スコーン……なんか落ちそうな響き」


 かおるちゃんの表情が曇り、呟く様にコメントを添えたがその言葉のおかげで私の中で更に悲壮感が漂う。


「これじゃだけじゃ物足りないと思ってピザも買ってきた! 四枚に切り分けてあるから、余りはじゃんけんな!」


「四枚……切る……余る……」


「あとこれ! 女子が好きなミックスナッツ!」


「ピーナッツ入り……落花生……落ちる……」


「それにバナナチップス!」


「バナナ……皮踏んだら滑っちゃう……」


「あ、このスコーン割れてるから俺のでいいよ!」


「わ、割れる……」



「もう!! まともな物がないじゃない!!!」


 かおるちゃんがついに限界を迎え、まだ何かを出そうとしているかっちゃんを遮る。


「そんな……だって……あかりがこんなに落ち込んでいるって思ってなかったからさ……」


 かっちゃんのさっきまでの勢いは消え萎れた耳が見える程にしょんぼりしている。更に、これじゃあ余計に落ち込んじゃうでしょ!? と、かおるちゃんが畳み掛けた。

 そんなやり取りを見せられれば私の頬も自然と緩んでいく。何か不安な事はどうでも良くなってきちゃったなぁ。


「ほらっあかりちゃんも吐き出していいよ!私が見守っててあげるから!」


 思わず溢れた私の笑みを見るとすかさずかおるちゃんが手を差し伸べてくれた。じゃあ…


「かっちゃんのバカーッ!! 私のバカー!!

文字が小さいくて見づらいっ! あと教授はもっと分かりやすく板書してくれーっ!!」


 はぁっはぁはぁ……

 私は河川敷から思いっきり叫んだ。ずっと手を差し伸べてくれる人がいたのに、さっきまでの私は足元の地面を見つめるだけだった。そんな自分を振り払うかの様に叫んだ。向こう岸の人が振り向いたのも気にもせず、思いっきり。

 少しはすっきりした? と暖かい眼差しで二人。私が戻ってくるのをずっと隣で待っていてくれてたんだ。

 ありがとう。ぐしゃぐしゃになっていた頭がようやくすっきりした気分だ。


 二人にもう一度お礼を伝え、念の為に向こう岸の人にも頭を下げておいた。何か悩んでたのが馬鹿らしくなってきちゃった。


「ごめんお待たせ! かっちゃんが持ってきてくれたもの食べよっ!」


 今日の天気は曇りのち晴れ。頭上では桜の花びらが舞い、桜の木の下にはいつもと同じ笑顔が咲き乱れる。


「あ、私のスコーン割れてる……」


「いや、だからそれは俺が食べるってば!」


 寒い季節はもう終わり。これから気候は暖かくなり植物達も大きく成長していく季節だ。三人は春に相応しい穏やかな雰囲気を纏わせながら会話に花を咲かせている。


 ただ、これが三人で集まる最後のお花見になる事をこの時はまだ、誰も知る由がなかった。


「もー! あかりちゃんもかっちゃんも喧嘩しないの!」

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