第7話 面影と現実
______三年前、大学二年生の冬。
分厚いコートを羽織りマフラーを巻いて外へ出る。
「うわっ寒い」
空気は肌寒く、冷たく乾いた風が頬を伝った。私は思わずマフラーに顔を埋めて歩き出す。重たいリュックが背中に微かな暖かさを感じさせるが外はもう冬の空気だ。数日前にいつもの気まぐれで集まる事になり会場はなんと、かおるちゃんのアパート。私の家からは歩いて三十分くらいの距離だ。かっちゃんはバイトが忙しいみたいで、ごめん無理だ!と、昨日連絡があった。だから今日は二人だけ。
「冬になってきたなぁ……」
町には緑の気配はなく、細い枝が温め合うように集まっている。すれ違う人もポケットに手を入れ風を避けて歩いているみたいだ。その風景の中を歩くと、自然と私もそれに倣ってポケットに手を入れて歩いた。そのまましばらく歩いていつもの橋を渡っている時、河川敷の方にあの桜の木が見えた。と言っても葉は全て落ちきり、他の木と変わらない風貌をしている。その場所に思い入れが無ければそれはただのなんて事ない木に見えるだろう。
「来年もあそこで集まれたらいいな」
私は桜の木の下に春の面影を重ねながら、ポケットに手を入れたままその場所を通り過ぎた。冬の寒さで人通りは少ないがその分、町の景色がいつもより目に入ってくる気がした。ここまで歩いてきて身体が暖まると、私はマフラーから顔を出し視線を上げて歩きだす。あれ、こんなところにポストがあったんだ、なんて新たな発見にも出会えたり。そんな調子で角を曲がり、大きな公園を過ぎてまた角を二つほど曲がるとかおるちゃんのアパートが見えてきた。私が住んでいるところとは違い、一階にはそれぞれ小さな庭がついている。その端っこが今日の開催場だ。
「お邪魔しまーす! あれ、髪が綺麗になってる!?」
玄関で出迎えてくれた彼女は恥ずかしそうに髪を触る。ほんのりと明るい茶色をした髪は電気の灯りを反射して輝いて見える。
「もうすぐ冬休みだから染めちゃった……」
出会った時よりほんのり明るく、とても似合っている。私もいつか染めたいけれど、今更になって染めるのは何となく恥ずかしいんだよなあ。そう思いながらいつものところに座りリュックから講義の資料を並べる。その間も何か言いたそうな顔をしていたかおるちゃんが、ところで、と口を開いた。
「あかりちゃん今日は一段と大荷物だね!」
私のリュックから次々と出てくるプリントにかおるちゃんは目を丸くして驚いている。それもそのはず、今年から専門的な講義も増え、私は少しばかり苦労していた。なので、今日はプリントを積めるだけ積めてきたのだ。
「かおるちゃんに色々教えてもらおうと思って持ってきたんだ。今日もお世話になります」
私は深々とお辞儀をして机におでこをくっつけると、任せてください! 厳しく指導するね。と彼女から優しい笑顔が返ってくる。
ただ、言葉通りじゃなくてよかったのに本当にとても厳しかった。かおるちゃんは勉強ができて羨ましい。私もついて行けるようにもっと頑張らないとな。採点してもらったところにたくさんのバツがついているのをみて、気合いが入ったような、打ちのめされたような、何ともいえない気持ちがした。もっと頑張らないと。
______それから私は毎日寝る間を惜しんで机に向かう日々が続いた。それこそ文字通りに。昔の人は雪の明かりでも勉強したと言うけれど、私は雪が溶けて春になっても必死だった。季節が過ぎ行き、窓の外では鳥が囀る様になっても部屋の景色は変わらない。マーカーを引いたプリントに付箋だらけの教科書。毎日ノートを整理して、小テストの前は講義のプリントを徹夜でまとめたりもしていた。
でも、現実はそんなに甘くなかったみたい。
成績表は……もう見たくもないかな。あれだけかおるちゃんが厳しく教えてくれたのに。私の何がいけないんだろう。
私の気持ちは決して晴れやかでは無かったけれど、桜の木は今年も変わらずに満開を迎えた。それは私にとって、初めての憂鬱な春だった。
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