5-2 雑用係、士気を高める

「何で来たんだ……」

「え、お役に」

「な ん で 来たんだ」

 一言一言、丁寧に区切りながらグエンに繰り返される。

「お、お役に立てればと思って、来ましたっ」

 ルネは気持ちを奮い立たせ、反射的に背筋を伸ばして答えるが、隊長の目が怖い。行けば間違いなく歓迎されるなんて気楽に考えてはいなかったが、こんなに怒った顔をされるとも思っていなかった。

 グエンは今まで病院で着ていたゆるゆるだるだるな服ではなく、かっちりとした深緑の隊服を着ている。どこか威厳さえ漂う姿に怖さ倍増である。

 ちなみにアレックも移動の合間に調達した隊服へ着替えていた。

 

「……いや、なんだ、有難いが、一歩間違えれば希望の光が全て消えるだろ。今のとこ、他に直せる奴がいないんだから。直せないまま病気が広まったら、国が壊滅する」

「まさか」

「大げさな」

 アレックとルネの軽い笑いにも、グエン隊長の表情筋は無反応である。


 勇気を振り絞って、北方地区まで隊長の後を追いかけてきた。慣れないことをした結果、もしかして判断を大間違いしたのだろうかとルネは青くなる。

 たしかに安全な場所から、力の使いかたを教えて、治療できる人を増やしていた方が確実で効率的だったかもしれない。連れて行ってほしいとアレックに頼み込み、実際もう来てしまったが。

 

「ここが危険だと分かっているのか」

 再度、迫力ある顔で凄まれて、ルネは震えあがった。

「そ、それは分かっていて、でも治療は早い方がいいので」

「治療院には何て言って出てきたんだ」

「それは……」

 

「黙って出てきたんじゃないのか」

「い、今はそれは考えずにいましょう。私は自分の持っている力を使う為に来ました」

「黙って出てきたんだな」

 グエンがゆっくりと確認するように言う。

「とにかく私は覚悟を決めたんです! 引っかかれて、噛みつかれても、ここに戻ってきてくれたら。後は、呪いは、私が何とかしますので!」

 隊長の迫力に押し負けてはいけないと、ルネは思い切って強く断言した。

 ルネのそのらしくない態度に、グエンの片眉が器用に持ち上がる。

 なにか面白いものを見つけたかのような目をし、ふっと息をついた。そして「わかった」と頷く。

「正直、来てくれて助かった」

 ようやくゆるんだ隊長の態度に、よかったとルネも安堵し肩の力が抜ける。


 これで話が収まったと思われたが、斜めに顔を上げたグエンは疲れ切った笑みと、どこか皮肉な調子で続けた。

「そうか、後は全てルネが何とかしてくれるか」

 改めて繰り返されると、ルネはずっしりと重みを感じた。なぜか意図した以上に受け取られている。

「あ、いえ、病にはその気持ちで全力でがんばるという意味ですから」

 慌てて釈明を試みるが相手が悪い。

「ありがとうルネ。俺たち全力で頼るからな」

 ぽんぽんと肩を叩かれ、もはや嫌味にしか見えない隊長の笑顔に「うっ」とルネは呻いた。

 

 また余計なことを言った、と天を仰いでるルネを横目に、だから簡潔に話せって忠告したろとわずかに同情しつつ、アレックが何かを取り出す。

「グエンにこれ、アーロウから。これは借りだからちゃんと倍にして返せ、と伝言と共に届けられた魔石の欠片」

 アレックが布地をよけて、木箱の蓋をあける。中には指先ほどの欠片になった、半透明な鉱石が複数に重なり詰まっていた。

「……本物か」

 砕けた欠片の断面が、箱の中できらめく。

「たぶん本物だろうけど、俺も手に取って見たのなんて正直始めてだからな。偽物でもわからん」

 アレックが無責任に言い切ると、ルネも言葉を添える。

「アーロウさんに教わって、治療院で癒しの力を詰めてきました。たぶん屍狼に効きます」

「なんだその不確定さは。『たぶん本物』『たぶん効きます』って、これ重要な切り札だろ。しっかりしろ」

「いや、俺たちに言われても」

 なあとアレックに同意を求められ、ルネもうんうんと大きく頷く。

 

「グエンが手紙書いたんだろ。アーロウと団長に。王妃なら魔石を持っているだろうから何とかしろって」

「ダメもとでな。アーロウは王妃とも面識があるし、団長なら親族のつてで何とかしてくれるかもって。何とかしないと国滅びそうって。こんな早く動いてくれるとは思わなかったが」

「アーロウへの借りが大きくなったな、グエン」

 アレックが人ごとのように笑う。

「借りじゃない。返してもらっただけだ。でももし、これが借りだと言うなら連帯責任だからな」

「どこまでの連帯か怖いわ」


「あとアレックお前現場はいいから、ルネから絶対離れるな。死なせるなよ。怪我もさせるな」

「了解。というか、最初っからそのつもりで連れてきてる」

「ルネもアレックから離れるな。これ上手くいったら英雄としてたたえてやるから」

「え、嫌です」

「何が嫌なんだ。とにかくアレックの言うことを全て聞け。怪我したら許さん」

「わ、分かりました!」

「だいたい俺は忙しいんだ。アレック、お前ルネ連れて衛生隊と話をつけろ」

「おう」

 グエンの後姿を見送った二人は「怖かったねー」と言い合った。

 

 

 ルネはアレックの後ろを付いて歩き、負傷した騎士の集まるという天幕の前で待った。

 天幕の裾が、風で時おりはためく。

 すれ違う人は男性も、中には女性もいて、それぞれ揃いで深緑の隊服を着ていた。ぼろの継ぎ合せを着ている自分が浮いた存在だと改めてルネは思う。

 砂埃はあるが、真昼の高い空は青く、気持ちのいい風が高い山から吹いている。見上げれば岩肌の見える山がそびえ立っていた。ミネダの治療院と、今までと違う風の匂いがする。


 ルネは気持ちを落ち着けようと、遠くを眺めた。

 慣れない馬車での長い道のりに、身体はがたがたになっている。しかし、精神的には治療院を離れたせいか楽になっていた。来てしまったのだから後悔しても遅い。

 私が何とかしなかったら、今はたぶん、この世界でここへ駆けつけ何とかしてくれる人なんて居ない。だから直せる人たちを不安にさせない。


「来てくれたんですか」

 アレックが待たせたなと出てくると、嬉しそうなロシェも一緒だった。

 その傍らの衛生隊員はどこか訝し気にしている。ルネを見て、どこか半信半疑に思われる表情も無理はない。

 しかし、回復したというグエンの存在は大きいはずだと、ルネは自分に言い聞かせた。

 

 ロシェの説明では打撲だぼくや、深い切り傷の治療は出来るが、呪いとも言われる病には、なすすべがない状態だった。

 出来る応急処置をここで終えると、王都近くの治療院に負傷した騎士を送る日々だという。


 天幕の中で、噛まれたという騎士にルネは早速治療に当たることになった。 

 呪いとも言われる症状は高熱から始まり、手足のしびれが悪化していく。

 時間と共に症状が重くなる恐怖と、身体の痛み。震えている彼の手を包み込むように握った。

「心配いりませんよ。必ず治ります」

「治るわけない。これは必ず死ぬ呪いなんだ」

「でも、隊長は戻ってきただろ」

 後ろに立つアレックが言う。

 

「隊長だけじゃない。俺だって噛まれた」

 アレック服の袖をまくり上げると、皮膚のよれた傷跡がある。

「治療法がわかったのが一月ほど前、それでこんな回復してんだから凄いだろ。で、直したのがここにいる彼女」

「あなたも必ず直します」

 ルネはこぶしを握り、治療できますと明るく宣言する。

 

 横たわる騎士は恐怖の中で、消えそうな、わずかな希望にすがるような目をしている。

「……本当に治るのか?」

「俺たち死なないのか」

 周囲の騎士達も不安の色はあるが、少しの希望がさざ波のように広がってゆく。 

「明日の朝、悪化しているかどうか、まずはそれを確かめてから絶望しましょう。今から、絶望しては疲れます。治療に協力してください」

 

 一人目に治療を終えた後、ロシェが話しかけてくる。眠りの治療を施した一人目は、周りの喧騒が届かないほど深く寝入っていた。

「患者を二通りに分けました。ルネさんは屍狼の病の治療に専念してください。私たちはその他の、出血や化膿が心配されるような大きな傷から治療にあたります」

「わかりました」

 

 

 翌日の昼前に、様子はどうだとグエンが天幕を訪ねてきた。

「噛まれたばかりの人は、やはり高熱が上がっていましたが、今は落ち着いています。数日前に噛まれた人も治療をして、……私の治療はすぐには改善が見えにくいものですが、悪化せず病は進行していない状態です」

 ルネの手ごたえがあるという明るい瞳に、グエンは助けられる。


「負傷したやつらも呪いが治るかもって広まるだけで、安心して落ち着いてるな」

 アレックが言い添える。 

「そうか」

 実際、突然治療に参加したルネの姿は目立ち、さらに彼女が隊長を回復させたという噂が騎士隊にいい意味で広まりつつあった。

 それは不安を和らげるだけではなく、討伐に対する意識を盛り上げるぐらい効果があるものだった。

 隊全体の士気が上がり流れが変わったと、グエンは強く感じていた。

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