4-4 起点の夜

 レオンを含めた三人は少しずつ回復していた。

 けれど、その回復を不審がられないように、彼らは痛がったり、痺れているふりをして過ごしていた。

 もっとも回復具合はゆっくりなので、どの症状も軽減はしているが、小さな不調は続いている。とくに発疹は、やや薄くなっただけだった。


 真夜中の治療後に帰る際、グエンに背中に乗ってくれないかと言われた。星が出ている。まず意味が分からず、ルネは眉を寄せ「は?」と聞き返した。

 何でも、最近は筋力を取り戻すのに、欠かさず運動をしているという。

 アレックやバートを背にのせ病室を歩き回ったり、その場で中腰を取るなど、常に負荷をかけた運動をしているらしい。「無理して身体を壊すのでは」とルネは口に出した。


「だいたい見つかったらどうするんですか」

「今更だろ。二人並んで歩く時点で終わってる」

「それは……確かに、そうですけど」

「もし癒し手に見つかったら、治療も出来ない癖に、なに癒し手名乗ってるわけ? って言ってやれ」

「いいません」

「あと見つかった場合、そのまま担いで逃げた方が早い」

「逃げるってどこへ」

 呆れてしまう。しかも、まあいいかと思えてしまう。

 グエンと出会ってから、慎重だった性格が雑に影響を受けていると、ルネは思った。

 

「治療が終わったら、俺たちはここを離れて戻るが。ルネはどうするつもりだ」

「どうするとは……、わ」

 しゃがみ込んだグエンの肩に手を置くと、ふいに立ち上がったので、一気にルネの視界が高くなった。

 短い距離だが、誰かに見つかったら本当に一大事である。

 

「重さがないが、ちゃんと背中に居るのか」

「いますけど」

「思ってた以上に、重しの役に立たないな」

「背中に乗れといったの隊長ですが」

 一緒に過ごすレオンやバートが隊長と呼ぶ中に居るので、ルネも自然と隊長と呼ぶようになっていた。

 さらにグエンの皮肉には、皮肉で返すしかないと最近覚えてきた。

 

 誰もいない中庭に草を踏む足音が微かに響く。風のあまりない、星の明るい夜だった。

「ルネは今のまま、能力を表に出さず、ここで隠れるように生きていくつもりか」

 グエンたちの病錬に通うようになってから、自分の力が役に立つことを実感し、充実した毎日に思えていた。

 それでも隊長から見たら隠れているように見えるのが現状なのかと、改めて現実を突きつけられる。

「……いえ、出来れば、今回のように治療をしたり。あともし力の使い方を知りたいという人がいたら、ぜひ教えたいと思いますが」

「知りたい人が居たら? いつの話だ。いなかったら? 一生ここにいるのか」

「それは……」

 

「ルネの決心さえ出来ていたら、他の道だってあるだろ」

「私に他に生きていける場所なんて」

「ある。希望があるなら叶える。今すぐは無理だが、時間を貰えれば対応する」

「私はどこへ行ったって似たような状況になりますよ。不器用なんです。ここと同じように、どこへ行っても私はどうせ上手くやれません」

「まだ起こっても居ないことを心配して、最初から諦めるな」

 

「隊長はどこでも生きていけると思いますが、私には無理なんです」

 ルネは途方にくれて、グエンの背中で少し疲れたように苛立つ。

 半周ほどした建物の前で立ち止まる。

 台所の木製のドアは曲がった先にある。そのままゆっくり手が離れて、足が地面についた。足を踏みかえると、ルネの穴の開いた靴の先から、草が入った。

 

「ルネがどうしたいのか、教えてくれ。色々終わったら、世話になった礼をしたい」

 振り向いたグエンと向き合う形になる。

 夢なんて見させないで欲しい。

 期待して叶わない、そんな失望が一番つらいのだ。

 何も言えないルネに「どこへ行きたいとか。何をしたいとか。ちゃんと考えてみろ」そう言って隊長は帰っていった。


 次の日も、ルネは病室を訪ねた。

 グエン隊長が、今なお屍狼の脅威にさらされている北方警備隊へ戻った。ルネがそう聞いたのは翌日のことだった。

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