4-3 雑用係と、好かれない魔術師

 庶民が王立騎士以上に、魔術師に会う、ましてや会話をする機会などあり得るのがおかしい。

 ルネはお使いを頼まれたふりをして、治療のため病室を訪ねていた。

 そこで唐突に「魔術師のアーロウ」と、やる気の無さそうな青年を紹介された時、ルネはグエンと会った時以上に事態が呑み込めなかった。

 同じく衛生隊のロシェも紹介され、温和な顔つきや話し方から、一見騎士に見えなかったが、アーロウもまたルネの思っていた魔術師らしさからかけ離れていた。

 

 魔術師については、炎や、雷など、有り得ない強い破壊力を持った力を、地の男神ガルダの生み出す魔力を元に、魔術として扱うという噂しか知らない。

 魔術師とは、人々の尊敬を集める威厳のあるたたずまいの偉大な存在だと思っていた。実際に会うまでは。


「屍狼の呪いを治療してくれたのが彼女だ」

 紹介され、頭を下げる。まず思ったのは、お爺さんでも中年でもない。肩に付くぐらいの長めの髪に、なめらかな顔の輪郭は年齢を判断しにくい。ただ想像していたより、ずっと若いことは確かだ。 

「ふうん」

 怠そうな返事をして、ぼろを継ぎ合せた服装をアーロウに眺められる。


 椅子から立ち上がりもしない。

 それは身分的にも、違和感はなかったが。若い見た目と、やる気がなさそうだということに、ルネの魔術師とは厳格な存在と言う思い込みが消えて行った。

 不遜な態度という一点だけは、想像通りだった。

 

「病を治したその力、僕に試してよ」

 アーロウの差し出された手の意味が分からなくて、ルネは見つめ返す。

 

「普通の癒しの力と、どう違うのか知りたいからさ。癒しの力は受けたことがあるからそれと比べたいわけ」

「ああ、はい。私も癒しの力との違い、知りたいと思っていました」

「治療終わったばっかで、疲れてるだろ」

 グエンが真後ろから声をかける。

 

「まだ平気です。それに、この力について教えて貰えれば、もっと効果のあがる使い方が分かるかもしれません」

「後でも、来れるんだろ」

「いえ、後でなんて、どうなるか分かりませんし、早い方がいいと思います」

「頑固だよな」

「グエンはちょっと黙っててよ」

 アーロウが椅子を引き寄せ、ルネは目の前に座るよう促される。

 

「じゃ、ここで」

「あ、はい」

 アーロウが手を伸ばし、二人は向かい合って手を握る形となった。ロシェも興味深そうに様子をうかがっている。

 周囲にいるグエンやアレック達の視線が気になるが、他の場所などないので仕方がない。今までもレオンたちの治療の時は同じような状況ではあったし。

「始めます」

「いいよぉ」

 周囲の注目も感じていない、どこか抜けた返事のアーロウに、場慣れしているとルネは思った。

 

「力を抜いてくださいね。肩の力を抜いて、息をゆっくり吸ってください」

 ルネも深呼吸を一つした。ふっと視線を下げて、集中し始める。

「何も感じないな」

「そう、ですか」

「うん。……ああ、何も感じないほど、微量に流すのか」


 魔術師は、怠惰な姿勢でベットの手すりに寄りかかる。

「癒しの力は、温かくなるっていうか、一気にくる感じだから」

「違う種類の力ということでしょうか?」

「いや、力事態は別なものではないけど。君のは、例えるなら霧のような力。粒子が細かい。調整が上手いって事なのかな。細かいってことは、つまり人の肉体に浸透しやすい」

 

 魔術師は解説なのか独り言なのか、わかりにくいぐらいの声量で、ぶつぶつと呟いている。

「今一般的に使われてる癒しの力は強い。大雨とか、燃え上がる火の感じ。一過性の大雨は、意外と地面に染み込まない。強火は水を暖める前に鍋を焦がす。外部から表面上に、強い力で干渉し、治す。流す力が強いから治りも早い」

 独創的でどこか詩的さもある表現に、ルネは耳を傾けた。後ろでロシェがうなずきながら聞いている。


「対して君の力は、内部から治療する。優しい霧のような、小さな光の粒。それは、静かに地表深く染みこむ。焦がさない。適温まで鍋を温められる火の調節が出来ている。だから、回復はゆっくりとしたものだけど、……内部からの方が効果がある病は多いんじゃない?」

 アーロウが顔を上げる。

「才能か努力か。どっちもか。とにかく君は力の調整が上手いんだよ。外側にも、内側にも使えるって万能じゃない。グエン、便利だよこの人」

「顔を指さすな」

 グエンがアーロウの手を叩き、褒められ慣れていないルネは狼狽えた。褒められた相手は魔術師だ。

「あ、ああ、でも、私、普通の癒しの力は、今はほぼ使えません」

「今は?」

「昔は出来たんですけど。わからないんです。いろいろ、疲れたせいなのか」

「じゃあ、疲れなくなったら元に戻るんじゃない」

 簡単に言う。そうなんだろうか、ルネは楽観的な空気に信憑性はあるのかと考え込む。


「今まで。この力、眠らせるだけだと思ってたわけ?」

「……はい」

 何も気づいていた無かった己の鈍さに、ルネは恥ずかしさを覚えた。

 常に他の治療と同時進行だったこと、眠らせてから次に会うまでの、間隔があいていたこと。

 理由なら浮かぶが、こんなに長く治癒の効果もあると気が付かないとは。

「この力が特別でないのなら、癒し手も私と同じように、力を使うことが出来るということですか?」

「向き不向きもあるだろうけど、練習すれば出来る人いるんじゃない」

 ルネと傍らで腕組みをしていたグエンが顔を見合わせる。

 

「他の人にも治療に当たってもらえるなら、一度にたくさんの人を直せる可能性があります」

「僕にも出来るかもしれないってことですね。今ここで教えて貰う時間が無いのが惜しい」

 ロシェが、悔しそうに呻く。

「すぐに使い物になるかは分からないが、希望が持てるな」

 喜びの表情になるグエンとルネたちに対して、魔術師が「僕のおかげでね」と主張する。薄暗い病室に、新たな明るい光が感じられた。

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