4-2 屍狼

 まだたどたどしい足の運びではあるが、アレックとバートは以前よりも歩けるようになった。

 窓際に近づいても、目を突き刺すような眩しさと痛みが軽減されたという。

 けれど、密かに眠りの治療を受け治ってきていると知られるのは都合が悪い。そのために、昼間から窓にカーテンを閉める習慣は変わらず続けていた。

 

 病室の入口付近にバートが座り、外に人の気配がないか伺っている。

 部屋の中央では、アレックとロシェがベットに座り、グエンとアーロウはその前に椅子を引き寄せた。


 まずロシェが騎士団より持ってきた話から、呪いの騎士達に効果的な治療を受けさせたくない、ルネに治療をさせない理由を聞いた。 

 王立騎士団の失態を引き出したいである貴族が、屍狼の討伐に難癖なんくせを付けているらしい。


 まず呪われた騎士を王都の治療院に置いて、王都に呪いを広げるなと。

 広がる病気ではない。それはあんまりだと騎士団側が抗議をし、当初被害を受けた北方警備隊だけミネダの治療院に移動したことで、それ以降の怪我人は何とか王都で受け入れてもらっているのが現状らしい。

 さらに、ここミネダの治療院の院長妻の生家が王弟派だという。


 屍狼の討伐を失敗させたい。戦力を削りたい。呪われた騎士を回復させず、現場復帰させない負の流れを作りたい。

「見殺しにされるところだった」

「いえ、団長は王弟派の動きを見定めてから動こうとしていただけで、王弟派とつながりのあるミネダ治療院の動き見ると共に、隊長たちを気にかけていました」

「どうせ助からないと思われてたんだろ」

「どうせ助からないから、探るエサにされたのか」

 グエンとアレックの恨み言に、アーロウが「まだ利用価値があって良かったじゃん

」と同情の欠片もなく言う。


 ロシェが眼鏡の位置を治し、さてと仕切り直す。

「……現状について話しましょう。まずは病の症状について振り返りましょうか。どこかどう痛かったか聞かせてください」

 

「……どこがどうって。手足の痛みや痺れも酷かったけど、今は目が治ったのが有難たいな」

 アレックが言って、グエンも症状を振り返る。

「噛まれてからの共通の症状は、手足のしびれ、光に対する眼球の痛み、皮膚の発疹か」

 

「ずっと考えていたのですが、あの屍狼の気味の悪い動きも、噛まれた人と同じ手足のしびれがあるからではないかと」

 衛生兵として、主に後方で支援をしているが、実際に屍狼も見ているロシュが発言する。

「まあ確かに、普通の狼はあんな変な、身体が斜めになるような動きはしないよな」

「屍狼も俺たちと似たような症状だったってことか?」

「だとしても、あの攻撃性は」

 

「人と狼で同じ病気だとしても、全て同じ症状にはならないでしょう」

「まあ、そうかもしれないけど」

 狼が人を、手ごわい外敵を襲うのは、よほど飢えているか、縄張りを守ろうとする場合だろう。

 

「人を食べたがってるようには見えなかったな。だいたい、内臓が飛び出てたような奴らが、今さら肉を食べても仕方ないだろ」

「生存本能とか? 食べたら元気になれると思い込んでるみたいな?」

「ありえそうですね。食べたいという、本能のその一部だけが残ってる」

 

「縄張りって感覚もさ、狂ってんじゃない。骨と内臓がぶら下がるぐらい、あんだけぼろぼろなら、もう頭もまともじゃないだろ。動いてんのがおかしい」

「あのさぁ、そもそも今回の異常発生はなに? 今までも屍狼って存在してたわけでしょ?」

 それまで黙っていたアーロウが口をはさむ。


「いた。毎年、二、三頭ぐらいは確認されてたな。それぐらいなら、仕留めるのも難しくなかった」

「じゃ、なんで異常に増えたの?」

「雨が少ないのが続いて、食料が不作だったんだよ。草花が減って木の実も減って、それを食べる小動物も増えない。狩りをする動物も飢えた。新鮮な獲物が手に入らず飢えた狼が、死んだ仲間の腐肉を喰らって屍狼という化け物になる。それが例年より多かった」


「魔術師が現場に来てくれたらな」

「どーんと、一発でかい炎とか撃ってもらって」

「言っとくけど、僕は無理だからね。ここに来るのだって、知られたら減給だけじゃ済まないんだから」

「じゃあ、もっと顔隠して来いよ」 


「一つ、考えたのですが」

 考え込んでいたロシェが口を開く。

「隊長たちと屍狼の症状が似ていて、病だとして、隊長たちの病状が回復したということは、屍狼も同じことが言える、という仮説はたたないでしょうか」

「屍狼達も治療できるってことか?」

 まさか、とアレックが笑う。

「見るからにもう手遅れだったろ。腐り落ちた、肉と骨まで再生できたら、癒し手が万能すぎるって」

「ですよね」

 力なくロシェが肩を落とす。

 

「……いや、そうだな。反対に再生できないのに治療されたらどうなる」

 新しい思い付きを、グエンが問いかける。

「は? どうって……意味ないだけじゃないのか」

「癒しの力は、つまり聖なる力だろ」

「正確には、女神の力の一部を取り持ち仲介役として、現世に落としてしているわけですが」

「つまり穢れの浄化の力もあるわけだ」


「呪いや病気は穢れですから。それが癒えることを浄化と呼ぶならそうなりますね」

 ロシュが頷きながら言う。

「屍狼は、あれはもう生きていると言えないんじゃないか。思いっきり穢れだろ」

「見た目からそうだな」

 アレックも少し納得してきたのか、表情に希望が見えて明るくなる。


「再生できないほど穢れてるのを浄化する。癒しの力を使ったら倒せるんじゃないか」

 グエンの提案に三人とも曖昧な顔をする。

「うーん」

「どうなんだろうね」

「試さないことには何とも」


「もしそれが効果的だったとして、たくさんいるのに一体一体捕まえて癒しの技を使うとなれば、かなりの手間ですよ。今の討伐状態とさほど変わりないかと」

「魔石を使えないか? あれに魔術ではなく、癒しの力を入れて攻撃できないか」

 

「魔石なんて、そんな簡単に言わないでよ。すっごく高いんだからね。王族の一部しか持ってないようなもんだよ。知ってるでしょ」

 アーロウが口を尖らせて言う。


「そもそも魔石ってさ。魔術を入れる前の鉱石、原石になるものが希少で高価なのか? それとも数少ない魔術師様が魔術を入れるっていう技術料が高いわけ?」

「原石に魔術を入れれる術者が少ないっていうもの、勿論そう。でもまあ、原石がもっと採掘で採れるものなら、普及してたかもね。威力は落ちるけど、魔石を砕いて欠片にして数を増やして使うって手も一応あるよ」

 

「俺も戦争の時に、それも遠くから『あれが魔石を使った攻撃だ』って聞いて知ったぐらいで、間近で見たことはない。あれが使えたら、広範囲に効果を出せそうだが」

「炎の攻撃なら想像つくけど、癒しの力をもし入れられたとしてもさ。僕は、上手くいく気がしないね。ふわぁ~と広がって、風で辺りに飛んで終わりなんじゃない? 魔石の無駄」


「じゃあ、やっぱ単純に炎を魔術か魔石でドーンと、焼き払うしかないのか」

「通常の攻撃では、一体の息の根を止めるのにも、だいぶ手間がかかるからな。炎を使っても上手にやらないと難しいだろ」

「王都から、新たに応援部隊を呼ぶという話が出ています」

「それが叶うなら、何とか攻略できるか? まあ数で押せれば、手間と金はかかるが一番実現性がある」

 

「ふうん。現状はだいたい分かった。僕自身はあまり動けないからね。でもまあ、魔石方面で当たってみるよ」

「頼んだ。お前だけが頼りだ」

 グエンに肩に手を置かれ、言い切られたアーロウは、まんざらでもない顔で「しょうがないなぁ」と言った。

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