4-1 好かれない魔術師

 騎士団とのやり取りは、伝令で数日おきではあるが日常的に繰り返されていた。


 その日、珍しく治療院の前で止まったのは、華美ではない質素な外観に王立騎士団の紋章が刻まれた二頭立ての馬車だった。


 板張りの病室の床をきしませ、青緑の隊服を着た男が部屋を訪れた。

「ナッシュ隊長からよろしく言われて来ました」

 眼鏡に温和そうな顔を浮かべた彼は、北方警備隊で戦闘支援である医療班を担っていた。

 

「おー、ロシェ久しぶりだな」

 アレックが片手をあげ挨拶する。

「皆さんの状態は伝令を通じて聞いてはいました。現状維持どころか回復の兆しがあるなんて、流石ですね。正直驚いています。ダグ副隊長や隊の皆で喜んでいました」


 その後ろから、むすっとした表情を隠しもせず、小柄な男が病室に入ってきた。

 上着の肩に届くぐらいの髪の長さ。痩せ型の体格のせいか、肩は落ちているし、服の袖も長い。


「え、お前。アーロウ? 何で」

「グエンが手紙をよこしたからね。アレック老けたね。また横にでかくなってるし」

「アーロウは変わらなすぎだろ」

「どなたですか?」

 バートが小声でアレックに確認する。

 

「国に四人しかいない正規の魔術師様」

「え?」

「仕方なく来てあげたんだよ。規則違反の行動なんだから、見つかったら大変なのに」

「天才魔術師様なら見逃して貰えるだろ」

「天才魔術師だって煩い貴族を黙らせるの面倒なんだよ。だいたい北方警備隊がヘマしなきゃ、王弟派だって動かなかったのに。なに、グエンは集団でドジ踏んでんの」

「あ、やっぱり王弟派が絡んでんの」

「そうだよ。は? 今までわかんなかったわけ? 王立騎士の癖に?」

 

「あー、はいはい。相変わらず言葉に棘があって元気だなー」

 グエンは乾いた表情を浮かべている。

 自身の部隊を悪く言われ、不機嫌な顔で様子をうかがっていたのは、まだベットの上から起き上がれず横たわっているレオンだった。

「魔術師って小っちゃいんだな」

 と、首を伸ばして嫌味を言う。

 

「は? お前に言われたくないんだが。横になってて背がい低いのがわかるって、かなりのチビだろ。あと騎士のチビは致命傷だけど、魔術師は別に身長とか重視されないし」

「チビじゃねぇし! 致命傷でもねぇ!」

 憎まれ口が戻ってきている様子に「レオン、めっ」とアレックが叱り「すっかり元気になって」とレオンと同期であるバートが頷いている。

 ロシェは苦笑いで流している。

  

「あのさあ、グエン。僕はわざわざ来てあげたんだけど」

「はいはい。ほんとお前は、人に好かれない性格してるよ」

「それグエンに言われたくない」

 アーロウはゆとりのある筒形の袖から指を伸ばし、グエンの顔に指を突きつける。なかなか失礼な仕草である。

 

「グエンはさ、皮肉っぽくて嫌な奴なのに、実は気さくだから親しみ持たれるけど、最終的に自分のやりたいこと、かなり強引にやり通すから結局嫌われるよね」

「お前は人に言いたいこと言って嫌われる奴だよ」

「必要な指摘だし、性格が素直なだけ」


「才能あふれる魔術師で良かったな。お前、戦時中に足折れて、俺におんぶされて逃げた恩があるだろ」

「は? そんなの追いかけてきた敵を魔術でやっつけて、倍にして返したけど?」

「そのままおぶって逃げた森の中で数日さ迷って、山鳥の丸焼き喰わせてやったら、旨い旨いって泣いて喜んだだろ。あの鳥を、弓で仕留めたのは俺だ」

「焼けたのは、瀕死の僕が出した火だったけど」

「小っちゃい種火な。あれぐらい俺でも出来るわ。上手く焼いたのは俺。塩持ち歩いてたのも俺」


「あのー、それでアーロウさんは、どうしてこちらに?」

 バートが口を挟む。勇敢なのか鈍感なのか分からないが、お前やるなとアレックはバートを見直した。

 

 アーロウはふん、と鼻を鳴らして口を尖らせる。

「別にグエンの為じゃないよ。グエンの知らせで現状を知ったのはあるけど。僕は様子を見に来ただけ」

「手を貸してくれるんだろ」

「仕方ないだろ。騎士団が失脚すると現王が困るからね。僕は王弟派は強引だから嫌いだし。押しが弱いって言われてるけど、現王は一応話を聞いてくれるから悪くないんだよ」

 さらっと出てきたが「話を聞いてくれるって、王様に合ってるってことですか」とバートが言い「魔術師だからな」とアレックが答えると「俺だって見たことぐらいあるし」と拗ねたレオンが張り合う。

 

「取り敢えず、何が起こってるか教えてよ。君たちに出来なくて、僕がやれそうなことやってあげる」

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