3-3 呪われた騎士隊は不穏な空気を探る

 意味もなく待つ日が過ぎて、グエンは再び夜の病室を抜け出した。

 以前よりも、窓を乗り越える手足に力が入り、身体が楽に動く。人目につかないよう足音を消し、身をかがめて外へ出た。

 夜風の中、伸びた草を踏む足音だけが聞こえる。のぞきこんだ洗濯室は暗く、ルネの姿はなかった。

 

 閉ざされたドアに、彼女にも変化が訪れていることが想像できた。簡単に近づけないようにしているのだろう。

 彼女の状態が予想よりも悪くなっていることがわかったのは、それからしばらく経ってからだった。

 

 その間に、王都ナティアの騎士団から伝令によって手紙が届いた。

 騎士団からの回答は、要約すると「最大限の治療をするように要請をしている。騎士団より働きかける、直接の交渉は避けるように」と書いてあった。

 

 奥歯に何か挟まったようなもどかしい文面。

 何かある。

 お偉いさんたちが、治療院側に配慮している。どこからか圧がかかっているのか。

 グエンは騎士団への返事とは別に、もう一通手紙を書き伝令に渡した。


 

「あの雑用係どこにいったんだろうなぁ」

 治療待ちの間は自然と雑談になる。

 赤紫から赤黒い色に見える斑点は増え、アレックの顔も半分が醜く爛れ始めている。日頃から痒みを訴え、口の中も腫れがあるようで、発音が聞き取りにくい。

 しかし、癒し手の治癒は変わらない。

 他に出来る治療はないのだと、控えめに言う。

 

「隊長、本当に治ったんですか?」

 バートが横になったまま、かすれた声で疲れたように発する。

「さあ、分からなくなってきた。痺れも戻ってきてる気がするし」

 怠そうにしながら笑う。

「やるなら最後まで責任持ってほしかったな。騙された。出来るって言うから頼んだんだけど」

 あからさまにがっかりだという態度で、グエンは大きなため息をついた。

 

 包帯を取った赤黒い痣の手に、綿わたを使って薬を塗布される、消毒の匂いが強くなる。

「仕方のない人なんです。だって育ちがあまり……」と、マリエッタと名乗る、巻き毛に金の髪の癒し手が言いよどんだ。


 カーテンを引かれた病室の柔らかな光の中、グエンは彼女の横顔に視線をうつす。

 窓の外、遠くで鳥の鳴き声がしていた。

 病室でさえなければ、ここは楽園みたいな穏やかさだ。 

「あの雑用係、この辺の平民の出じゃない?」

「ええ、もとは山岳を渡り歩く家もない民だったとか。その上、物乞いのようなことをしていた所を、うちの父が癒し手として才があるということで、引き取ってここに住まわせたそうですわ」

 この娘は院長の娘で、だから取り巻きの少女たちは従うらしい。彼女らのやり取りから、その力関係は分かりやすかった。

 

「でも、あの人に結局癒しの力はほとんどなくて。卑しい身分と言えど、追い出すのもかわいそうで雑用としていたのですが。まさか治療の真似ごとをしていたなんて」

 

 すらすらと流れる発言に、部屋の隅で包帯を巻きなおしていた癒し手からチッと音がした。

 聞き逃せない舌打ちに、治療を受けていたアレックが目を向ける。

 その視線に『何でもありませんよ』と、有無を言わせぬ迫力のある笑顔が返ってきた。不自然に上がり切った口角が怖い。

 

 泥のように怠い身体を動かすと、アレックの乾いた喉から咳が出る。

「ああ、すまん。えーと、嬢ちゃんは雑用の娘を知ってるのか」

 声を落として会話をする。

「狭い職場ですから。ある程度は」

 ふん、と彼女は何かに怒っている。

 

「私が知っているのは。あの最初から諦めてますみたいな? 不器用で、お人よし過ぎる性格が、かなりイラつくってことぐらいです」

「……嫌ってるな」

「そうでもないですよ。もっと嫌いな女なんてたくさんいます」

「そうか」

 目が座ってる嬢ちゃん怖いな。

 裏で金を握らせて探ってもいいが、まずは表から当たるかとグエンと口裏を合わせた。

 しかし、分かり易く釣れた。雑用係のルネの状況を知る者はいないか。協力的ならなおいいが、愚痴がおおければ口も軽い、蔑む相手が釣れてもいい。何かしらわかるものだ。

 

「でも私がイラつく一番の理由は、彼女に借りがあるからです」

「ん?」

 こんこんと、軽い咳の合間にアレックは声を落とす。

『あとで話せないか』

「は?」

 話がしたい。雑用娘の件で。というと、口の悪い癒し手の、気の強そうな瞳が分かりやすく揺れた。

 

 

「貴方たちのせいですよ」

 アニスは開口一番に騎士を責め立てた。

 相手は病人とはいえ、背も高く、当然体格もいい。その上、王立騎士だ。しかしアニスは臆することなく、今までため込んでいたものを吐き出すようにまくし立てた。

 この騎士達は勝手だ。

 もともと短気ではあったが、ぶつける対象が現れたことで、自分の立場よりも、怒りが噴き出た。

 

 気の弱いルネが、自分から何かを持ちかけたなんて有り得ない。

 どうして彼らが、ルネに癒しに近い力があると知ったのかは謎だが、治療を強引に要求したのは騎士からに違いない。

 

 治療したせいで、ルネは毎日酷い目に合っているのに。

 台所の冷たい隅で毛布一枚に包まって寝起きし、前以上に食べ物も貰えていない。

 あんまりだ。

 こんな治療院、出て行けばいいのにとアニスは思う。

 こんなところより、死に物狂いでも、街で職を探した方がよっぽどましだ。なのに、何もしようとしない。

 頭が悪いわけでも不器用でもないのだから、出て行けばいいのにと思う。

 イラつく。

 ルネも、何も知らないこの騎士達も。


「悪かった」

 アニスは言いたいことを全部言った。

「不甲斐ない騎士で申し訳ない」

 気が付けば、目の前が滲み、涙があふれていた。その視界の中で、身分の高そうな相手が頭を下げ暗い顔をしている。

「ルネのことは責任をもって何とかする。だから、協力してくれないか」


 

 アニスがルネとあいさつ以上に会話するようになったのは、力の使い方を教わったからだ。

 それまでアニスは治療院に務めてはいたが、ちょっとした擦り傷を癒すぐらいしか出来なかった。

 それを、傷口を元通りに直すまでの力の使い方を、ルネは丁寧に教えてくれた。

 毎晩仕事の後、癒しの力の練習に付き合ってくれた。ルネには感謝してる。

 

 お礼を言っても「アニスが頑張ったから出来たの」と微笑んで言うのだ。

 心底お人よし。馬鹿が付くぐらいお人よしだ。


 アニスが癒し手としてまだ慣れていないころ、高価な薬材が入った瓶を落として割ってしまったことがあった。

 そしてルネに庇われた。

 アニスは給金のほとんどを、家族の多い生家に入れていた。


 だから自分の失態に、仕事を辞めさせられたらどうしようと動揺してしまった。犯人探しに問い詰められても、言い出せなかった。


 その間に、ルネが自分が薬瓶を落としたのだと名乗り出た。

 それがまたルネの立場を一層悪くした。


 どうしてこんなことをしたのかと問い詰めれば、

「アニスは家族の為があるから。私は追い出されても一人だからそんなに困らない」 と、弱々しい笑みを浮かべた。


 その言い方は、悲しかったし、腹が立った。

 その一件から、アニスがまた似たような失敗をした時に、庇うのではないか。また同じことをしそうだと感じた。

 だからアニスは、ルネと一緒に居るのをやめたのだ。

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