3-2 呪われた騎士隊は怪しむ
グエンが雑用係として働くルネに治療を頼みたい、と院長に要求を出して四日が過ぎた。
ようやくきた返事は、効果がないどころか副作用の恐れがあり、簡単に言えば雑用係のルネと二度と関わらせることはないという意思表明だった。
現時点でルネに治療をされて副作用など、感じていない。
しいて不満点をいえば、癒し手の力で治療を受ける場合と、症状の回復速度が違うぐらいだ。
癒し手による力は、傷や痛みがその場で消える即効性がある。
しかし、ルネによる眠りとそれに伴っての症状の軽減は、当初は眠くなるだけで身体に変化はなく、次の日の朝から日々少しづつ改善するもどかしさがある。
要求を飲めないという回答は、院長本人ではなく伝言で告げられた。
「治療の現状維持」という言葉に納得などできない。
では「騎士団を通して向こうから話をつけてさせてもらうが」とグエンがいえば「そうして頂いて構わない、と聞いております」という伝言を、四角い顔の男に表情も変えずに告げられた。
「腹立つ顔してたな」
王立の騎士団と、王立の治療院どちらが上かと問われたら、王立騎士団だろう。
治療で回復できれば騎士団に戦力が戻る。国と騎士団に利があるのはもちろん、治療院としても、呪いとも言われるぐらいの病を直せたのだから、名が売れて評判が上がるだろう。
それなのに、なぜだ。
なんだ、捨て置いた雑用係に力があり、今まで見抜けなかったのがそんなに悔しいのか。
雑用係の力に気づけなかったという、たったそれだけのプライドの問題というのはおかしい。
本当にルネの力による副作用を心配しているのか。いや、実際副作用など感じていない。
心配ならば、体調などもっと詳しく調べるなどの対処がありそうだ、と思えば、それも考えにくい。
呪いを回復させたくない何かがある。
騎士団側か、北方警備隊か。あの雑用係か。
どこに原因がある。
俺たちか、彼女か。
どちらにせよ。現状を騎士団へ送ることで、動きがあるだろう。
定期連絡文書の中に、初めて回復の見込み有りと書き記し、早急に渡せと伝令に預けた。
◆
病の症状である目の痛みが激しいため、病室は昼間でも生成りのカーテンを引いている。
文字も読める程度の明るさはあるが、病室は薄暗い。手紙の返事を待つ間、部下にも回復の見込みがあることをグエンはようやく伝えた。
バートがやっと知ることが出来たと、頷きながら言う。
「隊長の様子を見てたら、それは何かあったのだろうと思ってはいましたが」
「え、隊長が化け物なみの回復力だからじゃないんですか」
言い切ってから、レオンが咳き込む。
「冗談言って咳き込むな。癒し手ではないが、この治療院で働くものに、眠れないと話をする機会があった。眠らせる力があると術をかけてもらうと、眠るたびに回復していった」
「お前、どうやってそんな相手を見つけたんだ」
「夜の散歩で偶然」
「女?」
「女性」
うわっという合いの手をいれ、またレオンが骨のきしむような咳をする。苦しそうな咳をしてまで言いたいことか。グエンは呆れた視線を送り、ため息をつく。
「お前たち熱あがってんだろ。無駄にはしゃぐな。横になってろ」
「隊長、俺らむしろ軽口叩いてないと死にそうです」
若い部下二人はぐったりとし、症状が重くなっていた。
心当たりとしては、屍狼に噛まれてすぐの応急処置の違いか。
戦場では毒矢に当たることもある。
グエンとアレックは一刻も早く傷口から毒を絞り出し、水やアルコールで消毒するべきだという経験を身をもって知っていた。そのため、噛まれた現場で血を絞り、出来る限りの処置を自らの手でした。
けれどレオンとバートは、そこまで対処出来なかっただろう。
「そもそも、どうやって建物の外に出たんですか。病錬の入り口には人が立ってましたし、隊長もすり足でしか歩けなかったのに」
「夜間にいちいち断って外出るのも説明が面倒だろ。だから窓を乗り越えて」
「いや、だから、足上がらないって。ジジイ並みに震えた手足で、杖付いてたでしょ、無理だって」
「なに根性ないこと言ってんだ。重い荷物の入った革袋を前後に結わえた状態でも、身体を外に押し出す要領でやれば出来るだろ。死ぬ気でやれば、外に落ちるぐらい難しくない」
「死ぬ気で夜の散歩に出てたのか」
若い部下たちの顔はやや引いた。
「まあ、寝台の上で朝を待つだけが辛いのはわかるけどな。俺も病錬の窓から実がなる木とか、野草とかきのこのありそうな茂みを探してみようかと眺めて、窓から落ちたことはある」
熱が上がりうつろな目をしたレオンが「おっさんの必死さ怖い」と呟く。
「理由が散歩と食べ物か」
そのぐらい強く無いと生き残れないのだなと、熱でぼんやりした頭のバートは、先輩たちの強い生命力を感じていた。
「よし話が進まないから無視する」
面倒さを欠片も隠さない隊長の進行で、話は進んでいく。
「で、回復の見込みがあるから、彼女に全員の治療に当たってくれと治療院側に頼んだんだが。却下された」
「なんで」
「誰に」
「院長」
「隊長だけ回復させて、俺ら見捨てられた?」
「まあ聞け。状況がわからんから、探りを入れる。騎士団全体が恨まれてるのか。北方警備隊の失脚を望まれているのか」
「屍狼の討伐、上手くいってないんでしょ」
「被害を広げないように、慎重にやっているようだが。今は周辺に人を近づけないよう、牧畜ごと隣村まで移動をしているらしい。ただそれはずっとは続かないだろう。もともと住んでる住民がいるし。牧畜が食べる種類の草が無くなれば飢えるからな。戻るしかない」
「あいつら、逃げた先にまで追いかけて来てんじゃないの」
「それを王都から派遣の第三隊が、対応しているらしい」
「屍狼の数が減らせれば対応も楽だろうに。あいつら一個体が死ぬまで、……というか死にぞこないが延々と跳びかかって来るから、やたらと時間がかかるんだよな。前足二本潰しても身体くねらせて噛みついてきたときは、ぞっとしたな」
使えない足の代わりに身体をくねらせ跳躍する屍狼の姿は、別の生き物、まさに化け物と呼ばれる身のこなしだった。
悪夢を思い出すように、あごに手をやりアレックが唸る。
「死体も七割ぐらい損傷させるとか燃やしとかないと、また歩き出すし」
屍狼は、死んだ狼を狼が食べる共食いから発生する。尊厳を落とした生き物への神の天罰か。
あれは異常だ。正常な生き物じゃない。
◆
「騎士団が邪魔ってことは、王弟派と関わるか?」
「団長も現王妃と親戚つながりだから、騎士団は完全に現王派でしかない。権力を弱めたい派は、今の状況を喜んでいるだろうな」
身体を起こしていることに疲れ、横になったバートとレオンから離れて、グエンとアレックは小声で話しを続ける。
「そっちが目的か、この中の誰かが個人的に恨まれてるのがいるのか」
「いやぁ、そこまでの恨み買うやつ居ないって。たぶん」
「ここに内部犯がいる可能性も……、いや、ほっとけば死にそうな俺らに、そこまで人を割く理由が無いか」
「院長がぐるなら、院内の奴でいくらでも見張れるからな。現状は騎士団に送ってある。向こうの反応の間が出る間に、こっちでも出来ることをしておきたい」
「出来ることね」
グエンの回復して、包帯の少なくなった顔を見ながらアレックが呟く。
「もうさ。その治療できる子連れ出して、騎士団に帰れば早いんじゃねぇの?」
「それは最終手段だ。……お前、呪われた騎士隊の通り名に、婦女誘拐の騎士も加えたいか」
至極面倒そうにグエンが言う。
「団長に追放されそうだな」
「晴れて追放されたら、どっかで傭兵の働き口でも見つけて気楽にやる」
隊長業務よりもいいかもなと、面倒ごとが嫌で基本的に呑気なグエンとアレックは、まあ最終的に何とかなるだろうとお互いうなづいた。
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