2-6 院長室
グエンが院長室に入ったのは、この施設を訪れてから二度目だった。
杖は予備的に持ち歩き、長椅子の傍らに立てかけた。
前回は、部屋の調度品を眺める余裕もなかった。どっしりとした厚みのある机には彫刻が施され、子供ぐらいの大きさはある壁掛けの絵には神話の一部が描かれている。
窓の外では穏やかな昼の光が、院長室の前庭の緑を照らしていた。窓の両側には、厚みのある長いカーテンが下げられ、部屋の中はどこか重苦しい雰囲気だった。
「治療について、要望があると聞きましたが」
部屋の主である院長は、自分よりも一回りぐらい年上に見えた。
柔和な口調ではあるが、探るような目つきは鋭い。まだ田舎に引っ込みたいような、老年ではないだろう。
「未知なる病に対して受け入れと、日頃の治療には感謝している」
「王立治療院として、騎士団の団員を預かることは当然のことです」
「率直に言わせてもらうが、ここで雑用として働くルネという女性がいる。彼女に、私と部下たちの病の治療をしてもらいたい」
院長が眉を上げる。唐突で意外な申し入れ。驚いてはいるようだが、表情は崩れない。
「意味が分かりかねますが」
「偶然、彼女に治療をしてもらった。その結果、現在のように杖なしで歩けるぐらいまで回復した」
「雑用のルネ? 癒し手でなければ病の治療など出来ないはずですが、他の者と勘違いをしていませんか」
「名前を聞き間違えた可能性は低いが、直接会わせてもらえればすぐに分かる」
「普段、治療に当たっているものではないのですね」
と、院長は思案顔になる。
「治療の場で顔を合わせたことはなかった」
「どうにも信じがたい話ですが……」
院長は合わせていた両の指を組み直す。
「こちらとしては、大事な騎士団の皆さんですから、おかしな治療をして悪化させるわけにはいかないのです」
「気遣いはありがたいが、病が治るためなら試しとしての危険があってもいい。私たちの病には、有効な治療と時間がないことはご存じかと」
「ええ、残念ながら、屍狼の呪いと呼ばれるほどの難しい病です。もちろん、皆さんの回復と安全が第一です。……要望は、わかりました。まずはその雑用の者に確認してみましょう。話はそれからです」
「部下の中に病状が悪化しているものもいる。早急に対応してくれ」
「そのようにいたしましょう。王立治療院として、騎士団のお役に立つのが私たちの役目ですから」
一見丁寧で、問題ない対応ではある。
が、上辺だけで流れていくような感覚があった。
あがる口角は、愛想を浮かべるのに慣れている。態度と目つきには、野心が見え隠れしている。
治療院の院長だからと、慈悲にあふれてるとは限らない。
苦しんでいる患者を救わなくては、というよりも、王立治療院の地位と金に魅力を感じる人間もいる。
呪いのような屍狼の病の治療が出来れば、ここミネダの治療院の院長として名前が上がるだろう。
どちらにせよ、こんなに反応が薄いものか?
雑用係が直したという信憑性の無さを引いても、多少は興味を示してもいいのではないか。ただ、冷ややかな目つきをしていた。
グエンは「王立治療院として」と話す、目の前の男に、空回るような手ごたえの無さを感じていた。
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