2-3 雑用係は、呪いの騎士に会いたくない

 ルネは癒し手たちのうわさ話を聞いてから、あの日、眠らせてしまった人が王立騎士だったのかもしれないと思った。


『会ったことがある、会話をした』そんなことが知れたら、周囲からどんなやっかみを受けるか分からない。

 だからもう会いたくないと、切実に思っていた。

 ルネは眠ってしまった男の、その後も知らない。

 

 きちんと眠れたのか。

 あの後、すぐに目が覚めて、ルネの力の効果など無かったのか。眠れても、浅い、夢ばかり見る不快なものだったのか。

 一番前向きに考えるなら、あの晩はよく眠れ、それから自然な眠りが毎夜訪れるようになったのかもしれない。

 

 雑用係の自分が出来ることであれば、他の癒し手なら、もっと、それ以上の治療がが出来るだろう。

 彼の病状は良くなっている。そうであればいい、とルネは願っていた。


 それとは別に、洗濯室に通うことが怖くなった。

 もしまた会ってしまうとしたら、同じ場所、同じ時間である可能性が高い。

 彼のその後は気になるけれど、もう自分が関わるべき相手ではない。


 若い癒し手たちの中心にいるマリエッタは、院長の娘だ。

 白っぽい金の髪をふんわりとまとめ、顔の輪郭をふちどるようにある巻き毛が愛らしい。小柄で、愛らしさが目立つ癒し手だった。


 そんな彼女と出会ったのは、何年も前の話だ。

 顔を合わせて間もない頃から、ルネは彼女の目の敵になってしまった。

 

 もともとルネが住んでいたのは山間の小さな集落だった。

 雨の少ない時期に火が出て、焼け出された。それから、今過ごしているミネダの治療院に拾われのは十年ぐらい前だ。


 焼け出された人々は山のふもとの村で、古い倉庫代わりの小屋を一時的に提供され身を寄せ合って生活していた。

 そこで怪我をした人の手当の手伝いや、母に教わった眠りの術をほどこしていたときに、ルネの働きを聞いた今の院長に拾われたのだ。


 ミネダの治療院に来てから、本格的な癒しの力の手ほどきをを受けた。やがて癒し手の一員として現場に出てしばらくした頃、それは起こった。


 通いの待合室に、青い顔で繰り返し咳をする老婆が順番を待っていた。


 先に診察がまわってくる若者は、ほとんど治っている打ち身の傷の経過をみるという状況だった。

 あまりにも辛そうな老婆の姿に、先に治療できないかと、そのとき患者の順番を差配していたマリエッタにルネは確認をしてしまった。


 それが余計なことだった。

 山の診療所で働いていた母と、手伝うことがあったルネは病人の様子を見て順番を変えるなど時おりあることだった。

 ルネは知らなかったが、それまで院長の娘であるマリエッタお嬢様に、どんなことであろうと、意見をいう人などいなかったのだ。


 人柄を見て話すことの出来ない、浅はかなやり方だったかも知れない。ルネの生真面目さが、対応を間違えたともいえる。

 

 マリエッタはルネの提案に目を見張るようにして驚き、不快感をあらわにした。


『わたくしに意見なさるなんて。あなたはずいぶん身分が高いのね』


 周囲の態度が一気に冷えた。

 ルネの発した不必要な一言せいだった。

 山育ちで顔見知りの慣れた人達ばかりと過ごしていたルネは、生来の不器用さもあったが、気位の高い人との関り方に特に不慣れであった。


 日々の小さな嫌がらせの数々と、治療院の忙しさに体力と心がついていけず、ルネは癒しの力を早々に失った。

 それ以来「役立たずの癖に治療院に居座っている」という扱いを受けるようになった。


 ルネの仕事はさまざまな雑用となった。

 洗濯場で洗い物をし、たくさんの布を絞り、吊るす。それが終われば各部屋の暖炉の格子を磨き、灰を掃除する。

 重い石炭を手に階段を上り下りする労働の後、昼食の準備、終われば使い走りの用を言いつけられることが多い。


 夕方のうちに何とか、外干しをしていた洗濯を取り込み、その後夕食の料理番の手伝いをする。今日も結局、日が落ちたこの時間からようやく洗濯をたたむ作業に取り掛かることが出来た。

 

 謎の男と会ってから、洗濯室の外で物音がするたびに気になってしまう。

 その日、ドアを小さくノックする音がして、ルネは沈黙を作った。

 再びのノックにルネが渋々「はい」と答えると、見覚えのある男が杖を片手に現れた。彼は夜風と共にドアから入って来る。ルネは内心厄介なことになったとため息をついた。


「どうして昼間、癒し手にいないんだ」

「私は癒しの力は持っていないので」

 正確に言えば、持っていた時期もあった。

 けれど、そんな余計な話はしたくない。さらに関りを深めたくはない。


 彼は、前回と同じように長椅子に座っている。歓迎していない空気を出しているつもりだが、それでも居座れる度胸。

 あまり近づきたくない性格の人だとルネは改めて認識した。

 

「あの日は本当によく眠れた。君に感謝している」

「それは良かったですね」

 ルネの返答は棒読みである。

 

 枕や寝台を覆うのに使う沢山の布がカゴに積まれている。使い古されたそれを一つ取り出し、手慣れた様子で折りたたんでいくルネの様子に男が「協力しよう」と言い出す。


 何を言っている。

 暗がりの中、ルネが意味を理解する前に、彼は手に持っていた杖を使い布地を引っ掛ける。自身の膝元へ引き寄せた。

「あ、え、大丈夫です。一人で出来ますから」

「二人で畳んだ方が早いだろ」

「いえ、でも。夜も遅いですし、病室に帰られた方が」

「なに、ここで見ていても仕方ないだろ」

 見なくていいから、一刻も早く出て行って欲しい。帰ってくれないか、という気持ちがルネが口に出せない本音である。

 

「洗い物も、洗濯も出来るぞ。従者時代は何でもやらされるし。今も遠征場所で、炊事洗濯なんでもその場でする。まあ汚れても、大して気にしない奴らが多いが」

 ああ。核心を得たくはなかったが、やはり噂通りこの人は騎士なのだろう。

 

「君に眠らされた次の朝、腕や足のしびれる痛みも良くなっていた」

「それは、久しぶりによく眠ることが出来たのであれば、だれでもそう感じると思います」

「目が覚めたら、たった一人で寂しく放置されていて驚いたが」

「すみません。せっかく眠れたのに起こすのも申し訳なくて」

 その辺りは、罪悪感もあり真っすぐ見れない。


「とても有難かった」

 顔を上げると、彼が明るく晴れ晴れとした目をしていた。本心から喜んでいる。それが感じ取れて、不本意ながらもルネは嬉しくなってしまった。

 

「昼間、ここの癒し手たちに治療してもらっているが。正直、あまり効果を感じていない」

 ルネは困った。返答のしようがない。

「君に治療してもらえないか」

「私にそんな力はありません」

「この前と同じでいい、眠らせた力をまた使ってくれ」

「良くなったと感じるのは、気のせいです」

 

「気のせいでも偶然でもいい。効果があるか試すつもりで治療をしてほしい」

「私はそんな立場にないんです。勝手なことは出来ません」

「この前は、してくれたじゃないか」

「あの時は、そうするしか」

 

「同情してくれたんだな」

 グエンはため息とともに、微かな笑みを浮かべていた。どこか痛みを含む、労わるような表情でもあった。

「弱い立場の君の善意に頼るのは、酷だとは思うが。すまない」

 自分より大きな身体の人が縋るように見上げてくる。


「一時的に良くなったと思ったんだが。痺れと痛みは元に戻るし、やはり眠れなくなった。また君に頼むしか方法がない」

「私にはできません」

「君が望むなら、誰にも知られないようにする」

 

 返事をすることが出来なかった。 

「出来る礼は全てする。頼む。見捨てないでくれ」

 見捨てるなんて言わないでほしい。付け込まないでほしい。


「君しか居ないんだ。この病は、助からないと言われている。諦めるしかない、死に至る呪いだと。実際、死んでいった者たちを何人もこの目で見ている」

 ルネは顔を上げた。そこには皮肉気に笑う男の顔があった。


「だから君に治せなくとも、そんなこと当然だ。試しでいい」

 言葉を重ねる必死な姿に、断ることが出来ただろうか。

「……わかりました」

 ルネは小さな声で、しぶしぶ返事をした。

 助からない病など、ただの雑用係である自分の身に余る。けれど、苦しんでいる人を助けられるなら、助けたいとも思う。

「感謝する」

 彼は王立騎士団の北方警備隊で隊長をしている「グエン」だと名乗った。

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