2-2 治療の才があるのに治療しない謎の女

 夜半よはにふらりと出て行ったがグエンが、自身の寝台に帰ってきたのは空の端が明るくなる頃だった。


 音を消すように、身体を支える杖の先に布を巻いてはいるが、それでも無音と言うわけにはいかない。

 寝台の上に転がっていた部下たちが、廊下の物音に気づき、ドアを開けた途端「隊長が帰ってきた」と声がかかる。

 

「隊長どっか行き倒れてたんですか」

「ばか。大きい声出すな」

 最年少のレオンに渋い顔をすると、反対側から「で、どこいってたんだよ」とグエンと同じ年の部下であるアレックが聞くので「散歩だよ散歩」と返す。


「まさか、建物の外にまで出てませんよね」

 若い癖に隊の中で妙に落ち着きのあるバートが言うが、面倒だったので答えずに毛布をかぶり横になる。

 それぞれが包帯を巻き、顔から腕、足まで赤黒かったり、紫がかったは発疹がある。


「隊長」

「気になるー」

 部下たちも大して眠れていないようで、それぞれの寝台の上で、ごろごろと不自由な身体をゆすり、暇を持て余した顔で隊長をつつく。

 ゆるい病衣と、包帯にまかれた姿でうねる。その動きは、白い芋虫がのたうち回っているような気味の悪い光景だ。

 

「偵察してきたんだよ」

「嘘だっ」

 剣の腕前はそこそこ、顔立ちも整ったレオンだが、口を開くとお子様である。

 いいとこの貴族の末っ子で、騎士団に憧れて入隊した。

 が、誰よりも優れていると甘い身内に持ち上げられ、自身でもそう思い込んでいた剣の腕が、生まれも育ちも違う騎士団の中で、そこそこと判明してしまう。

 現実を知って以来、性格がいじけてしまったらしい。

 

「隊長。余計なことしないでくださいよ。ただでさえ呪われた騎士とか言われてるんですから」

 一方、慇懃無礼な口の利き方をするバートは、幼い頃、母親と二人移民として渡ってきた苦労人である。

 対照的な育ちの部下だが、意外なことに二人は気が合うようだった。

 特に先輩や上司に対する、遠慮のなさで気が合っている。


 朝食には、まだ時間があった。

「はいはい」と若い部下を適当にいなしながら、グエンは横になって目を閉じた。

 

 身体が軽いのは気のせいだろうか。

 眠れたおかげで、気分がいいだけか。もしこれが続いたら、まともに歩けるのではないか。そんな希望さえ持っていた。


  

 光りに対する目の痛みから、病室は日中も薄暗くしている。

 その中で食べる朝食は豪華とは言えないが、冷えていないだけでありがたい。


 それぞれクッションや枕を背もたれにし、何とか身体をおこし、震えや痺れで上手く聞かない手を使い、慎重にスプーンを操っていた。

 皿を配膳して貰えれば、ぎりぎり人の手を借りずとも食べられる状態であった。


 飾り気のない質素な器だが、野菜が浮かんだ黄金色のスープから、塩気がある良い匂いが漂ってくる。

「湯気の上がるスープは最高だなあ」

 隊長であるグエンと同い年であり、部隊で最年長であるアレックは食べることを、とても楽しみとしている。


「先輩は、毎回しみじみ言いますね。でもまあ確かに野営のあの石みたいなパンと、具のほぼない冷え冷えのスープを飲んでいた日々がずいぶん昔のように感じます」

 バートが懐かしがる向かいで、レオンが「戻りたいような戻りたくないような」と呟いて、焼きたてふかふかのパンを口に入れる。


「隊長、キノコも残さず食べてくださいね」

「バート、俺をレオンの人参嫌いと一緒にするなよ」

「俺だって、別に食べれないわけじゃないっ。口内炎が痛てぇんだよっ」

 じたばたと抗議するレオンを視界に入れず、グエンが淡々と言い訳をする。

 

「俺のは戦時中の若い時、山の中で来る日も来る日もキノコで生き延びた辛い経験だ。単純な好き嫌いじゃない」

「でも同じ経験したアレック先輩は好き嫌いないですよ」

「そうだ。どんな食材も感謝して食べなければいけないぞ」

「お前のは単なる食い意地だろ」

 

 王立騎士団とはいえ、勤務地は北方の僻地へきちガーウェの警備。場合によっては野営もある。

 ちなみに王立騎士と言うと、民から勘違いされることも多い。


 王宮に務める近衛隊は、人の目に触れることもあり、白地に金の装飾と言う華美なものだが、その他大勢の戦闘部隊は実用的で地味な青緑の隊服である。

 北方警備隊のグエンたちも、汚れが目立たず丈夫さが取り柄の青緑しか着たことはない。

 憧れの王立騎士団などと言われることもあるが、現実はこんなものである。

 

「うちの隊に魔術師がいたらなあ。野営でも、小さい火を付けたり消したりすぐ出来て、簡単にあったいもの喰えるのに」

「先輩、国に四人しかいないのに北方なんかに配置されませんよ」

「火の魔石でもいい」

「お前の給料が無くなるぞ」

「あったかいスープと引き換えなら、多少減ってもいい」

「多少じゃ無理です先輩」


 魔術で火や水を出せる魔術師で、国に認められた者は現在四人しかいない。

 魔術師が力を込めた魔石と言うものも、存在はするが高価で、簡単に支給されるようなものでもない。

 そうなれば固いパンと干し肉をかじる日々は日常的だった。


「魔術師アーロウがいるだろ。グエンが救った友人」

「え、隊長って、意外とやっぱり凄い人?」

「友人って言ったらあいつ全力で怒るぞ。お互い借りがあるだけだ」

 

 グエンたちは朝食後、午前のうちに、ガーゼと包帯を取り換える。

 太い牙で噛まれ、鋭い爪で傷つけられた皮膚は、瘡蓋かさぶたとなりふさがったものが多い。

 が、発疹がただれ衣服の摩擦で皮膚が切れるのを防ぐように包帯を巻いていた。


 それから癒しの力で一日おきに、回復術を施すのが日課となっていた。

 顔ぶれはときどき変わるが、大体は同じだ。

 若い女と、中年の女で同じ顔触れが二、三人で交代している。ここ数日の間、観察していたが洗濯室で会った女はいない。

 たしかにあの時、本人が癒し手ではないと言ってはいたが。能力はあるのに、雑用係とはどういうことだろう。

 

 まだ確かでないことはたくさんある。あの力で眠れたことでさえも、ただの偶然と言うこともある。

 二、三日過ぎると、指先に不快な痺れが戻ってきていた。


 何にせよ早くしなければ。

 呪いのような厄介な病でも、自分一人がかかったのであれば、再び剣を持てないこの状況も、諦めがついていたかもしれない。


 けれど、自分以外の、とくに年若い者たちがその年齢から未来を諦めなくてはならないなんてことは、隊長であるグエンにとって酷く受け入れがたかった。

 病の症状に、完全に動けなくなる前に何か行動しなくてはと、焦りがある。

 

 王立騎士団とはいえ、国境の辺境の警備隊であったため、警備隊は仲間内の距離も近い。

 きらびやかな王都での勤めでないせいか、何だかんだ愚痴を言いながら気楽にやれていた。


 呪いと言われる死に至る病にかかり、まともに歩けない状況。

 自分と同じ年で、戦争経験もあるアレックならまだいい。自分の中で、気持ちの整理もつけられる。

 レオンやバートは一見病室の中で軽口をたたきう強さが残っているようだが、しかし胸の内は常に不安と恐怖があるだろう。


 夜中、僅かな眠りのうちにうなされているのを間近で聞いている。

 出来ることは全部やってやる。

 現場で死ぬのならまだしも、穏やかな寝台の上で暇を持て余し余命を待つことは、想像以上にグエンの性に合わなかった。

 効果があるか分からない。吹けば飛ぶような希望だが、しかし掴んだその糸口をグエンは離すつもりは無かった。

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