4.おばあちゃんのちょうちょ
「というかノスケ。
カーテンとか窓とか、マメに開けようよ。
こんなんだから『お化け館』なんて言われるんだって」
問答無用で二階奥の部屋……龍之祐の寝室にある分厚い遮光カーテンをあければ、昼下がりの暖かな光が射し込んでくる。
「えー?
こっちは完璧な夜型人間なんだよ。
昼にカーテン開けるわけないじゃん」
ああ言えばこう言う叔父だ。
とはいえなんだかんだ素直なので、眩しそうにしながらも、言われた通り別のカーテンを開けるかわいいやつめ。
「じゃあせめて、ご近所さんに怪人て呼ばれる要因を減らさない?
まーた最近夜中にホラー映画かホラーゲームやって悲鳴あげてたでしょ?
知らない人が外で聞いたら怪奇現象だよ」
「な、何故それを……!?」
マジでそうなの……?
私としては、先程七海に聞いた内容から当てずっぽうで言っただけなんだけど、どうやら正解を引いたようだ。
まあ、実際前にもあったことなんだよね。
ご近所さんのお家とは距離があるから、クレームとかはないけど、たまたま通りかかった人が、事件かと思って警察に通報したことはあったみたい。
そりゃあ誰も住んでなさそうな廃墟じみた建物から、突然悲鳴が聞こえたらね……?
ギクリとした表情を浮かべる叔父に、私はさっき七海から聞いた事を説明する。
「友だちから聞いたの。
夜中に奇声が聞こえるって。
ホラー映画とか、苦手なら見なきゃいいのに」
「だから、苦手じゃなくて好きなんだって!
……ちょっと……結構ビックリするだけで……」
龍之祐はばつの悪そうな表情を浮かべる。
どうやら気にはしているようではあるが、言うべきことは言っておかねばならない。
「ビックリなのは、夜中にお化け館前を通ったら、館の方から奇声が聞こえてきた通行人の方だと思うよ」
私の言葉にうぐっと言葉につまった彼は、しおしおとなりつつ、
「じゃあ、せめて叫ぶ時はクッションに顔つけて音を軽減させます……」
小声で改善案を提案してきた。
うーん、奇声が外にもれないなら、それでもいいのか……?
「けど、それだけで僕、怪人て言われてるの?
世間の怪人のハードル低くない?」
龍之祐の言い分ももっともだ。
「まあそれはそうなんだけど、林とか澤ちゃん達が、嬉々としてノスケを怪人扱いしてるからな」
「なんで!?
林くんとか澤田くん、ゲーム仲間なのにひどくない!?」
私の言葉にショックを受けたように龍之祐が叫ぶ。
林と澤ちゃんは、私と同い年の幼馴染みの男子達で、なんでか龍之祐とも仲が良い。
よくここに遊びに来ては、龍之祐を叩き起こしてカードゲームや対戦ゲームをしているらしい。
「多分ゲーム中にノスケが悪役ムーブかますからじゃん?
この前来た時、珍しく外で遊んでるなと思ったら『ハーッハッハッ!この僕から逃げられるとは思わないことだな!!』って小学生男子と高笑いしながら追いかけっこしてるの見たよ」
「あー……それはする」
やっぱりするんだ。
多分七海は、林と澤ちゃんがこういう話してるのが耳に入ってきたんだろうな。
あの二人、学校でも龍之祐の話をしてることあるし。
「いや、だって悪役っぽいセリフとかかっこよくない?対戦ゲームとかしてるとつい出ちゃうと言うか」
とまあ、龍之祐はぶちぶち言ってはいるが、多分『怪人』のあだ名自体は嫌じゃないんだろうと思う。
何て言ったって『怪人』は叔父が好きなモノの一つだから。
『正体不明の怪人』『夜の街の暗がりに潜むもの』『見えない何か』
闇の色をしたロマン達。
その中でも彼の
「まあ、好きにすれば良いけどさ……。
で、ノスケ!今、暇!?
暇ならいつもみたいに、怖いお話聞かせてよ!!」
龍之祐の部屋のベッドにドカッと座り、傍らの枕を抱え込みつつ、私は期待に満ちた目で彼を見つめた。
そう、私がこの叔父のところに入り浸る理由。
それがこの『ちょっとだけ怖かったり不思議だったりする話』なのだ!
龍之祐の仕事はホラー小説家というやつで、書いた本は「もう少しウカが大きくなったら読んでいいよ」と言って、まだ読ませてはくれない。
けれど、怖い話を聞きたいとせがめば、ちょっとした小話をしてくれる優しいところがある男である。
だから私は龍之祐のことを『怪人』なんて大層なものではなく、私限定の怪談師『お化け叔父さん』と心の中で呼んでたりするんだ。
龍之祐は「また?」と苦笑いを浮かべつつ
「全く……ママが言ってたよ。僕の所にばかりくるから、パパが寂しがってるって」
と、壁際の小さな冷蔵庫から常備しているパックのりんごジュースと缶コーヒーを取り出す。
「えー?
だって、パパってば、怖い話ほとんど知らないっていうか……幽霊とか信じないタイプだし」
私はパックのりんごジュースを受け取り、口を尖らせる。
私は生粋のホラー好きなのだ。
遊園地のお化け屋敷、配信されてるホラーアニメ、もちろん学校の怖い噂なんかも大好物だ。
パパからはそういう話を聞いたことはほぼないのだから、そりゃあ龍之祐のところにくるしかあるまい。
龍之祐は自分用の缶コーヒーを開けると、ベッド脇の一人がけのソファーに深く座った。
これはお話をしてくれる体勢だ。
「うーん、パパも幽霊信じてるはずだよ。聞いたことない?」
「え!?聞いたことないよ!?」
思い出す様に天井を見つめて言う龍之祐に、私は驚きの声をあげた。
パパが幽霊を信じているとは初耳だ。
私が学校の七不思議の話をしても「パパは見たことないから」って言っていたのに、実はパパも幽霊を見たことがあったりするのだろうか?
「じゃあ、今日はそんな怖い話じゃないかもだけど、ウカのパパの話をしようか」
そう静かに言って、龍之祐は古い木枠の窓の外に視線をやった。
これはウカのパパ、
ウカが小さな時、あの家におばあちゃんが一緒に住んでいたことは覚える?
金沢のおばあちゃんじゃなくて、亡くなった僕のお母さん、ウカのママのお母さんだね。
流石にウカはすごく小さかったから覚えてないかも……。
おばあちゃんが亡くなったのは、だいぶ暖かくなった春のある日だった。
ようやくお葬式も終わって、身の回りが落ち着いてきた晴天の休日、明義さんは庭で車の洗車をしていたらしい。
その時、一匹の藤色した蝶が、車の側をヒラヒラ飛んでいることに気付いたんだって。
明義さんはほら、虫が好きでしょ?
だから、蝶に水がかかったりしないようにって「あっちに行きな。水がかかるぞ」って追い払おうとした……。そうそう、明義さん、家に入ってきた虫とか逃がすタイプだしね。
でも、その藤色の蝶はいくら追い払おうとしても、車のそば……家のそばから離れなかったんだってさ。
その時、明義さんはふと、生きていた時のおばあちゃんに聞いたことを思い出した。
『どこでだったかな……?
死んだ人の魂は、蝶々になって戻ってくる事があるって聞いたの。
素敵よねぇ』
そんな話だったらしい。
実際、この話とはちょっと違うけど、死んだ人の魂と蝶々のお話は世界中にあったりするから、気になったら調べてみるといいよ。
それで、その事を思い出した明義さんは、その藤色の蝶がおばあちゃんに思えたんだって。
おばあちゃんが蝶になって家に帰ってきたんだろうなってさ。
だから明義さんは一旦洗車をやめ、庭のベンチに腰かけつつ、しばらく蝶を眺めていたらしいよ。
好きなだけ居てくださいって。
しばらくして藤色の蝶はどこかに飛んでいったってことだけど、明義さんは「あれは絶対お義母さんだったと思ってる」って言ってた。
ね?
パパも幽霊のこと信じてるでしょ?
初耳だった。
おばあちゃんに関してはふんわりしか覚えてないけれど、すごく優しくて可愛がってくれていたことは覚えてる。
家にある写真立てには、おばあちゃんが大好きだった藤の花の下で、小さな私を抱っこして満面の笑みを浮かべる二人の写真だってある。
そのおばあちゃんが蝶々になって帰ってきてたのか……。
「ママもきっと会いたかったよね……」
「そうだね。僕も会いたかった」
私がポツリと呟けば、龍之祐の小さくそう言った。
それはそうだ。龍之祐のお母さんでもあるのだから。
「でも、だからこそ明義さんの所に来たのかもね」
「なんで?」
寂しそうに笑う龍之祐に私は問う。
だって、どうせなら一番会いたがっている人に会っていってほしい。
「僕や姉さん……ママだったら、離れがたくて泣いちゃうかもでしょ。
せっかく寂しいながら、おばあちゃんがいない生活に慣れようとしてるのに」
あっと、私は口を開けた。
確かにママ達がようやくほんのちょっと落ち着いた時だったのかもしれない。
そんな時におばあちゃんが戻ってきたとなったら、嬉しいけれど離れたくないなって思ってしまうかも。
それでも家のことが心配で、パパのところに「あとはお願いね」って言いにきたのかな。
「……帰ったら、パパにその話聞いてみようかな?」
私がそう言ってりんごジュースの最後の一口を飲み込むと、龍之祐は笑って
「きっとパパ、喜ぶと思うよ」
と言った。
りんごジュースはいつもと同じメーカーのだったけど、なんとなく優しい味がした。
「さてと、そろそろ帰るかなー!」
ベッドから飛び降り、大きく伸びた私は、壁の鳩時計と窓の外を見た。
時刻は17:00。まだそんなに暗くない。
「ああ、もうこんな時間か。
送って行くよ」
そう言って、龍之祐はハンガーにかけていたジャケットを手に取る。
「えー、いいよー!まだ暗くないじゃん!」
「ダメ!黄昏時はお化けが出るんだから!!」
ランドセルを背負いつつ一人で帰れると言う私の意見は、どうやら龍之祐的に却下のようだ。
お化けならむしろ出てこいの気持ちなのに!
「ほら、帰るよ!
ママだってきっとごはんを作って待って……あっ……」
精一杯の叔父さん顔で大人ぶっていた龍之祐だったが、思い出したように声を上げ、申し訳なさそうな視線をこちらに寄越してきた。
なんだなんだ?
「ウカ……タケノコの下処理って出来る……?
鹿島さんにもらったタケノコ……皮付き泥付き掘りたてのやつで……」
タケノコ……。
私は大きくタメ息をついて、ママから持たされている緊急連絡用のスマホを取り出した。
実はこの叔父、料理が全くできないのだ。
タケノコの下処理は、私もママの手伝いをしたことがあるけど、大きなお鍋があれば割と簡単だ。
とはいえ龍之祐に任せたら、きっとせっかくのタケノコが無残な姿になってしまうだろう。
ママにスマホで連絡した私は、今から龍之祐とタケノコを持って帰るので、タケノコの下処理と、この困った叔父の明日のごはん用にタケノコの調理をお願いすることにした。
「ありがとう、ウカ!このお礼は必ず!!」
龍之祐は晴れやかな顔をしているが、どうやら気づいていないようだ。
私の家で料理するということは、私も春の味覚をちょっぴりいただける可能性が高いと言うことではないか。
煮物だったら一口で許してあげるけど、タケノコごはんだったらばっちりお茶碗いっぱいいただく予定だ!
「タケノコ……煮物……それとも炊き込みご飯かなー?」
わくわくと同学年の男子みたいな顔をする叔父の横で、私も明日のごはんが楽しみで仕方なくなってきた。
綺麗な夕焼け空の下を二人で歩いていると、視界の端にヒラリと蝶が舞ったように見えた。
あの蝶もしかしたら、どこかの誰かの魂が姿をかえて戻ってきているのかもしれない。
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