4/4

 私達は長い廊下を無言で駆けていく。しかし、私の中でふと彼に対するある疑問が浮かび上がって来て、思わずそれを彼にぶつけてしまう。


「こんな状況で聞くのもなんだけどさ、君たち三人はなんでエモイストになったの?」

「僕が偶然道端で一本のパッケージを拾ったことがきっかけさ。その中に僕が昨日渡したあの紙が入っててね。僕はあの二人とそこに行って、元々そこに居たエモイスト達にいろんな作品を見せて貰ったんだ」

「……じゃあ、君たちが持ってたあのコレクションは――」

「先代エモイストから引き継いだモノさ。あの日、先代達は僕の目の前で警察に逮捕された。これから僕が連れて行く所は、その時先代達が僕らを逃がすために連れて行った場所さ」

「まってよ! それじゃまるで……」

「ああ、僕らはここで終わり。足止めは頼んでるけど、機動隊付きの警察相手に稼げる時間なんて微々たるモノ。コレクションを捨てて逃げる位だったら僕らも一緒に連れて行ってもらおうと思ってる」

「そんな。せっかく知り合えたのに」

「僕も残念だ。でも、何もせずただ君を逃がすだけというのはしたくない。そしたら君はまた辛い日々を過ごしてしまうだろうしね。やっと見つけた同胞にそんな思いをさせたくない。だから……」


 彼は突然立ち止まり、私の手に小さなタブレット端末とイヤホンを握らせた。


「これは、ウォークマンってやつ?」

「そう、その中には数百曲の音楽が眠ってる。もちろん曲のタイトルも偽装済みだから、安心してシャッフル再生して欲しい」

「君らは音楽もコレクションしてたんだ」

「というか僕は元々音楽担当だったんだ。でもあの二人が交渉下手くそでね、仕方なくDVDの仕入れも兼ねるようになったんだ」


 そうこうしてるうちに私達は廊下の端に着く。そこには非常階段へと繋がる扉があり、その扉は外からロックできるタイプの扉だった。


「さあ、ここから逃げて。外に出たらすぐにシャッター街を出て家に戻るんだ、いいね?」

「…………」

「どうしたの? 早く逃げて!」

「……ありがとう! 君たちの事、絶対忘れない!」


 彼は一瞬呆気にとられたが、それからすぐ笑顔で私に向け手を振った。それを受け私も彼に笑顔で手を振り返し、その後すぐに扉から外へ出た。


 ◇  ◇  ◇


 家に帰ってテレビを点けると、丁度やっていた番組を通して三人の少年エモイストが逮捕されたというニュースを目にする。ニュースの中で彼等は「娯楽映像を300品近く違法所持していた凶悪なエモイスト」として紹介されており、それを見た私は機嫌を損ねすぐに電源を切ってしまう。


 彼から貰ったウォークマンで音楽を聴きながら横になり、私は彼等の行く末について考え出す。


(感情罪で捕まった人間は少年法の適応外となって顔と名前が公開される。しかも感情罪の刑罰は無期懲役一択だ。彼等は人として求めて当然のモノを求めていた、なのに何でこんな酷い目に遭わなくちゃいけないんだ?)


 彼等を助けてあげたい。いや彼等だけではない、エモイスト達全員を私は救いたい。そのために私に出来る事は何だろう、と思いふと見上げた私の視界に――弁護士バッジが着いたスーツが入った。


 思わずそれを手に取り、バッジの真ん中にある天秤を見つめる。


(危うく忘れる所だった。私にもやれる事があることを)


 私は私服を脱ぎ捨て髪を縛り、スーツを身にまとう。そして六法全書を開き、一晩中それを読み込むのだった。


 ◇  ◇  ◇


 それから三日後。留置所に入れられた少年三人の元に国選弁護人からの接見依頼が舞い込んだ。


「リーダー聞いた? エモイスト側に就く国選弁護人っていい加減な仕事しかしないんだって」

「だよなあ。感情罪って昔で言う国家反逆罪みたいなモノだし、そいつら相手にまともな弁護をすればその人の人生に角が立ってしまうからな。あまり期待しないで置こう」

「でもここでの生活退屈だよー! 何とかして逆転無罪にならないの!?」

「無理だね。証拠も沢山挙がってるしどう足掻いても僕らは有罪だ。今のウチに刑務所で同室になるエモイストと何を話すか考えて置いた方が良い」


 そんな風に駄弁っている三人は、ふとガラス越しの部屋のドアが音を立てて開いたことに気づく。そうして部屋の中に入ってきたのは――彼等が三日前に会った女性、黒崎美緒だった。


「「「えっ!?」」」」

「三日ぶり。見ての通り、君たちの弁護人はこの私が務めさせて貰うよ」


 美緒が席に座ると、三人は黙って彼女と目を合わせる。


「……最初に謝っておく。申し訳ないけど、この刑事裁判には勝てそうにないんだ。ただでさえ無罪判決が出る確率が低い上、証拠も向こうに揃えられてしまっているからね」

「うん、わかってる。気持ちだけで僕らは十分だ」

「でも私は諦めない。私に生きる活力をくれたお礼に、君たちエモイストを解放したい。だから私は弁護士という立場を使って、感情罪の完全撤廃を目標に国と戦う事にした。もし勝つことが出来たら日本全国のエモイストが解放されて……日本に春が訪れるんだ」

「おお!! 頑張れよアンタ! 応援してるぜ!」

「ありがとうケンくん。それにユウジくんのフォローも励みになった。あとリーダー!」

「……?」

「音楽ありがとう! 勉強のお供にとても良かったよ!」

「それはよかった。それに、前遭った時より活き活きしてるね」

「貴方達のおかげだよ! 今度は私の番。必ず君たちを救ってみせるからね!」


 美緒はそう言ってガラスに拳をくっつける。それに応じて三人も彼女に拳を合わせ、互いに笑い合う。


 この一連の出来事は、この年から始まる”東洋の春運動”と呼ばれる感情罪撤廃デモが始まるきっかけとなった。


 心折られた一人の女性と三人の子供が引き起こした奇跡は、帝国化しようとしていた日本を大きく変える事となる――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

感情罪 ~喜怒哀楽が罪だとしても~ 熟々蒼依 @tukudukuA01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ