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翌朝、私は地図に記された場所に向かった。目的地はシャッター街の中心にあるが、どの店もシャッターが下りていて無個性であるため地図に記された建物を見つけるのにかなり苦労した。
やっとの思いで目的地に着いた私は、階段を降りてエレベーターに乗り込む。そしてメモに記された手順でボタンを押し込むと、エレベーターは一回ガクンと揺れてから下へ降り始める。
エレベーターが止まり、扉が開くとそこには映画館の残骸らしき光景が広がっていた。床に敷かれたレッドカーペットは汚れており、地面であるコンクリートにも所々欠けが見える。
そんな光景を見ている内に、シアターの奥から二人の子供がやって来て私の周りを取り囲んで騒ぎ出した。
「アンタがリーダーの言ってた新入り? 意外と歳喰ってるね!」
「ケンのアホ! 女性にそういう事言わないの! 年食ってると言ってもたかが20代後半でしょ!? 全然若いって!」
「ユウジってばいつもキザだよなー! 俺達の歳じゃ相手にもされないだろうから気ぃ使っても無駄だっつうの!」
「うるさい! 邪険に扱うよりはリスク無いだろ! さあお嬢さん、シアターの中に」
「その前に合い言葉だろ! まあここに来られたんだから聞く必要も無いだろうけど、一応ね」
私はメモを取り出し、そこに書いてある合い言葉を読み上げた。
「オッケー! リーダーは今新しいDVD取りに行ってるから、代わりに俺達がアンタの望むモノ見せてやるよ! アンタはアニメと映画、どっちが好き?」
「……わからない。どっちも見たこと無いから」
「じゃあ一本ずつおすすめの作品を出していきましょう。それでいいよなケン」
「良いぞ! じゃあ俺達準備してくるから、好きな席座って待っててな!」
二人はそう言ってシアターの奥に消えていった。私は劇場の真ん中の席に座り、メロンソーダが入った水筒を取り出して飲み始める。
◇ ◇ ◇
一本目の上映が終わると、私は激しいドキドキを抱えていた。初めて見た冒険モノのアニメ。主人公が何度もピンチに陥り、それを紆余曲折を経て乗り越えていく姿に心を大きく動かされた。
「……大丈夫かアンタ。7話あたりからずーっと動いてないけど」
「大丈夫、集中してただけ。凄く面白いねこのアニメ」
「だろう!? やっぱ時代はアニメなんだよなあ!」
「む、聞き捨てならない台詞だなそれは。待ってなお嬢さん、今流れたアニメにも負けない超名作を見せてあげる」
ユウジと呼ばれていた少年はふくれっ面で席を立ち、懐に入れていた一本のパッケージを取り出して私に見せる。
「不朽の名コメディヒーロー映画! デットプールだ!」
「……コメディヒーロー映画?」
◇ ◇ ◇
「ちょ、ちょっとお嬢さん! エンディング中とはいえ上映中は静かに――」
「アハハハハ! アレがヒーローの姿かよ!! ハハハハ!!」
笑いが止まらない。この映画の前に格好いいヒーロー像を見せつけられただけに、主人公の道化っぷりに笑いのツボが絶えず刺激される。
「でも気に入ってくれたようで良かった。やはり笑いは人を元気にしてくれる。心なしか、お嬢さんの目にも光が戻っているような気がするな」
「そう? ……ホントだ、肌にも鮮やかさが戻ってきたような」
手鏡で自分の顔を見ると、本当に自分の顔かと疑うくらい綺麗に見えている。いつ見ても真顔だった私に、こんな笑顔が作れたなんて。
「やはり感情は人を救うね、ケン」
「当たり前だ! 俺達は感情を引き出して人を救うエモイスト、俺達がそれを信じられなくてどうする!」
「信じられなかったわけじゃないよ。ただこうして人が変わる場を目にするとさ、やはり本当なんだなって思うんだ」
「まあ、そうだな。正直俺も嬉しい」
「二人とも……」
私は感動で目に涙が溜まる。私のことを本気で思ってくれる、さらにそれをちゃんと感じ取れる形で表に出してくれる事がとても嬉しかった。
「やっぱり感情を持つことが罪なのはおかしいよ。何で政府はこんな法律を作ってしまったんだろう」
「俺、リーダーから聞いたんだ。政府は兵士に感情は要らないって考えてて、それを奪うために感情罪を制定したんだって」
「……だからって――」
「そう、そこまでする必要はない。感情は上手く使えば銃や剣より強い武器になるというのに」
「そうなの?」
「うん。政府が消したがってる怖いって感情も、上手いこと士気に変換してやれば冷静な兵士以上のポテンシャルを発揮出来る。その怖さと士気の変換作業を手助けしてくれるのが、こういう一見軍事に関係なさそうな娯楽作品だってリーダー言ってた」
「そうだね。1度面白い作品を知れば、もっと面白い作品を求める探究心が生まれる。僕はその探究心が、人に生きるための力と意欲をもたらしてくれると思ってるよ」
「おいズルいぞユウジ! 自分の意見のように言ってるが、それだってリーダーの言葉だろ!」
「べ、べつに後でそう言うつもりだったしぃ~?」
今までの私ならその意見に興味を持たなかっただろう。しかし、実際にもっと多くの映画やアニメを見たいと思っている今だからこそこれらの言葉は私の中で響く。
「こういうめんどい話は一旦終わり! なあ姉ちゃん、次は何を見る? 映画でもアニメでも、まだおすすめしたい作品はいっぱいあるからさ――」
ケン君の言葉を遮るように、背後から大きな音がした。振り返りと、そこにはシアターのドアを両手で押さえる少年の姿があった。
「君は昨日の!」
「みんな逃げよう、ここの存在が警察にバレてしまったらしい。ケン、ユウジ、君らはエレベーターに細工を施してくれ。僕は彼女を逃がす」
「「了解リーダー!」」
彼等は一瞬で真剣な顔になってシアターを後にする。少年は突然の出来事に驚いている私に駆け寄り、私の手を掴んで目を見る。
「こんな再会になってごめん。でも君だけは逃がしたいんだ、立ってくれるかい?」
「……わかった」
私はすっと立ち上がり、彼に手を引かれるまま走り出すのだった。
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