第9話 『……襲って』

「……それはひどいな」


 なんだよ、元彼たちは紗織の事、顔でしか見てないのかよ。

 紗織の可愛さはそこだけじゃないぞ!!

 見る目のない元彼たちに、少し苛立ちを感じる。


「でしょー? だからさ、なんかもう付き合うとかいやになっちゃった」


「なるほどなー」


 それで付き合いたくないのはわかったけど、じゃあなんでそーゆーことだけしたがるんだよ。バイト中の紗織からは違和感しかないんだけど。


「あーあ。そしてまた振られるのかな、先輩に。自分から好きになったの初めてだったけど、先輩は私に興味すらないみたいだし。……私って、全然魅力ないってことだよね」


 紗織は俯いて悲しそうに言う。少し泣きそうにも見える。


「……それは違うぞ?」


 なのでそこは否定しておこうと思ったのだけど。


「えーだっていっぱい誘ってるのに、先に寝ようとしたじゃん」


……やっぱり誘って来てたのか。


「いや、だってそれは、そうだろ。そーゆーのはお互いの同意がないとだな」


「私はして欲しいよ? だめ?」


「……して欲しいって、お前な、そんな軽々しく言うもんじゃ……」


「でも誰にでも言ってるわけじゃないよー?」


「……けど俺は……身体だけとか、いやなんだよ」


「……キスしてもいやがらないのに?」


「……そ、それは……」


 言葉に詰まってると、紗織はまた泣きそうな顔になって来た。


「……やっぱり紗織は顔だけなのかな。女としての魅力、ないのかな」


「違う、そーゆーことじゃない。逆だよ。大事にしたいと思ってるからこらえてるんだよ」


「そーゆーことじゃないなら……襲ってよ……。お願いだから」


「……なんで付き合うのがいやなのに、そんな襲って欲しがるんだよ。普通、順番逆だろ?」


「だって、また付き合ってから身体が理由で振られたら……って思うと、怖くて告白出来ないんだもん。どうせそれが理由で振られるなら、今より好きになる前に振って欲しい。もう恋なんて懲り懲りなのに、先輩のこと好きになっちゃったから。片想いでいいって思ってたのに、一緒に住むってなってから嬉しくて仕方なくて。こんなの今より絶対好きになっちゃうじゃん。……今でも大好きなのに……そんなの……もう、耐えられないよ……」


 紗織は一気に吐き出しながら、赤い顔して泣き出した。


 せっかくの可愛い顔が涙でぐしゃぐしゃになっていて、でもそれは俺が原因で。ベッドの上でキャミソールに短パン姿でこんなに好きだとか襲ってとか言われて……


 女としての魅力を、感じないわけがないじゃないか。


——それは、タガが外れる瞬間だった。


 気付いたら俺は紗織を強く抱きしめていて。


 俺の方から深く唇を押し付けていて。


 泣き顔のままの紗織の唇は、熱く火照ったまま少し震えていて、涙で少ししょっぱくなっていて……


 その柔らかな感触にたまらなくなって、俺はキスしたままゆっくりと紗織を押し倒した。


 紗織は全く無抵抗だけど小さく震えてて。


「……さすがにそこまで言われて、もう我慢できないんだけど……やめて欲しい?」


 一応聞いてみたけど


 紗織はぶんぶんと首を振って


「……して。お願い。襲って? その後でも紗織でいいって思ったら、……付き合ってください」


 紗織は涙目のまま訴える様に俺の目を見て言ってきて。その唇はやっぱり少し震えてて。


 そんなこと言われたら、なんかもう……抑えきれなくて。


——そのまま俺は、紗織と一線を越えた。

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