第3話 『先輩のえっちー』


 紗織の言葉に戸惑ってしまう。


「え? いや、それは……まずくない? 一応男と女なんだしさ」


「間違いがあったらどーするのって事?」


「ま、まあ、そう」


 返事に戸惑いつつそう言うと。


「先輩が、紗織にそーゆー事しちゃうかもしれないって事? 先輩のえっちー」


 紗織はまたイタズラな笑顔を浮かべて、自分の胸を押さえながら冗談ぽくそんな事を言ってくる。


「ちょ、お、お前なあ! そ、そんな事しないけど……、けど、さ?」


 たまらず言った俺の言葉に。


「じゃあ、いいじゃないですか。一緒に寝よ? それで もしも間違いがあったら……それはそれでいいですよ? なーんてねっ。てことでー! 私、先にお風呂借りてきますねー!」


 紗織は着替えを手に部屋を出て行ってしまった。



……

…………


「ねぇ、お義父さーん、お風呂溜めてもいい?」


「お? いいぞー」


「やったー! ここのお風呂広いから嬉しいなー」


「それはよかった。ゆっくり入っておいで」


 遠くで父と紗織の会話が聞こえる。

 すっかり父のこともお義父さん呼びじゃないか。

 バイトの時は店長呼びなのに。適応能力高過ぎじゃないか。



 それにしても……どういう事? 間違いがあってもいいよ、なんて、そんな冗談。バイトしてる時は真面目そうな子だと思ってたのに。真面目で、可愛くて、愛想が良くて。お客さんにも人気で。


 俺が仕事を教えるたびに、うんうんと頷きながらメモをして、慣れない仕事でミスするたびに、それを挽回しようと奮闘して。


 その時々に見せる、真面目な顔も、困ってる顔も、真剣な顔も、笑った顔も、どんな表情も可愛くて。


 たまに冗談言い合いながら、互いに仕事をフォローし合う様になっていって……。


 気付いたら好きになっていた。


 ……そんな子が、俺の家で風呂に入ろうとしている。しかもその後、一緒に寝ようとか言われたんだけど? 間違いがあってもいいよとか……冗談でも言うか?


 そんな事を考えていると、LINLINEが鳴った。


“ねーお兄ちゃん、ボディーソープどこ? 分かんないから来てー”


 おかしいな。ボディーソープ、そんな分かりづらいところに置いてたかな。


 不思議に思いつつ風呂場へと向かう。


 ……ん? 風呂場? いいの? 今紗織が入ってるのに? セクハラにならない? 考えすぎ?


 悩みつつ脱衣所まで行ってみると。

 ご丁寧に紗織の下着が置いてあって。


 水色……こんなのつけてるんだ……じゃなくて!


 これは不可抗力だ。別に見ようと思って来たわけではなくて!!


「紗織ー、ボディーソープ、鏡の前にない?」


 とりあえず来た目的を果たそうと声をかけた。


「ねーお兄ちゃん、お風呂気持ちいいよ。一緒に入るー?」


 なのに、全然違う返答が来るのはなぜなんだ。


「お、お前なあ! ボディーソープの場所分からないから呼んだんじゃなかったのかよ」


「え? へへ。ごめーん。お兄ちゃんが来てくれる前に、見つけちゃったあ」


 ……はあ、全く……。これじゃ俺、紗織の下着見に来た変態みたいじゃないか。


「……もー。後は? 分からない事ない? 俺、部屋戻るぞ?」


 これ以上ここにいると何を言われるか分からない。そう思って退散しようと思ったのに。


「えー。紗織もうすぐ出るから、お兄ちゃん次入ったら? 順番に入らないとお湯冷めちゃうじゃん?」


 今度はもっともらしい事を言うので。


「ん……ああ、じゃあ、まあ、そうするわ」


 素直に紗織が出るのを待つことにした。

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