四 そのときには気づかない。

 ベスティの思わぬ突き指により、結局料理はリッカードが作ることになった。

「ごめんなさい。」

「だから、わざとやったんじゃなければ良いの。」

「はい。ごはん。」

 今回は面倒だからという理由でサラダ、余った干し肉とパンという簡素なものになった。

「ほんとごめん。」

「この料理の雑さに謝ることがあるのか?」

「ぶっちゃけない。」

 二人で笑う。セイラも合わせようとにへらと笑みを浮かべた。

 彼はセイラの頭を撫でた。するとちゃんとした笑顔になる。

 気が遣える子だからこそ、無垢に笑って欲しいと思った。

「じゃあ、食べよう。」

「うん!」

 セイラの食べっぷりには、ベスティも驚いていた。

「……ベスティ。お前どこで暮らすんだ?」

「屋敷に帰るの面倒だから、ここに泊まりたいんだけど」

「セイラと一緒でよければベッドがあるぞ?」

「あんたはどこで寝るのよ?」

「その辺。」

「いや、主人差し置いて私がベッドの上なんていけないでしょ。」

「主人がよその女と同衾するのを許すのか?」

「……修道院も行ってないくせしてなんでこんなに頭良いのよ?」

「知らん。セイラ。悪いんだけど夜はこのお姉さんと寝てくれるか?」

「リックじゃだめ?」

「う~ん……」

 セイラは純粋に嫌そうな顔をしていた。

「別に娘と寝るのは問題ないでしょ。二人だ寝なさい。私がその辺で寝るから。」

「三人で寝る。」

 まさかの提案に、リッカードもベスティも驚きを露にした。

「え?」

「何ですって?」

「ぎゅーって。」

「いや……まぁ、理にはかなってるが。」

「……リックがいいなら、私は良いけど。」

「良いんじゃないか?」

 というわけで三人で固まって寝ることになった。位置は左からセイラ、リッカードで、ベスティだ。これまたセイラの意見である。

「なるほど。」

「何に納得したのよ?」

「いや、やっぱり小さい子って色々分かってるんだなって。」

 リッカードの右手はセイラにがっちり抱き抱えられている。感じる体温は熱い。

 で、彼の納得は、左腕の所在である。

 ベスティの腕の中だ。

「ベスティ。お前一人だと寂しくて寝れないんだろ?」

「何で知ってるのよ?」

「いつもはどうしてるんだ?」

「………………抱き枕。」

 彼女の顔は真っ赤だった。

「明日持ってこい。」

「嫌?」

「違う、暑い。」

 彼は相当な汗をかいている。想定外だった。

「え?私が?」

「両側。」

「ごめん。今日だけは我慢して。」

「あぁ、まぁいい。」

 沈黙。リッカードは寝るに寝られず天井をただ眺める。

「ねぇリック。」

「何だ?」

「その子。何なの?」

「分からない。」

 セイラの頭を撫でる。なんとなく、ベスティが来てからそちらに気を取られっぱなしだった。

「何か無いの?」

「死にかけから半日で元気になった。」

「それは怪物なら普通でしょ。」

「髪が灰色。」

「まぁ、珍しいけど……」

 その時ふと、違和感に気づいた。

「目が赤く光ってた。」

 さっき寝るときにはなっていなかった。

「赤……光る?」

「そう。」

「う~ん……」

 ベスティの体温が上がるのを感じた。たぶんこのまま寝落ちするだろうなと思ったら、案の定だった、

「暑い。」

 こんな状況で寝られるのわけがない。と思っている彼だが、昨日から寝ていない疲労が、その意識を無理やり剥ぎ取った。


 ◇ ◆ ◇


 深夜、セイラは目を覚ました。ちょうど一日前、拾われた頃と同じ時間だった。

 その瞳は赤く光っていて、頭はとても冴えていた。

 彼女は混乱していた。

 知らない人、知らない場所、知らない言葉、知らない食べ物、そして知らない力。

 しかし、すぐに理解できてしまった。どういうことか理解できないと思うが、それはセイラも同じだ。

 だから自分のおかれた状況も、ごはんをこぼさないで食べる方法も、ベスティがリッカードにどんな感情を抱いているかだって知っていた。

 そして、不意にベスティを吹っ飛ばしてしまった力だって、今は完全に制御できるようになっていた。

 あとできないのは、知らないことと瞳の光を消すことくらいだ。

 リッカードの頭を、してもらったように優しく撫でる。彼の顔がほころんだ。

「ありがとう。」

 まだ一日。けれど幸せなのは確かだった。

 ずっとここにいたい。そう思っていた。

 だからもうしばらくは、自分にもリッカードにも嘘をつくことにした。

「……ごめんね。」

 そしてそっと、彼の頬に口づけをした。


 ◇ ◆ ◇ 


 朝、一番早く目覚めたのはリッカードだった。

 確かにベスティも早いが、彼女らメイドは貴族に合わせて動きだす。一方彼は町一番の早起き達のために、朝一の鐘ごろには店を開ける。

「よぉリック。昨日置いてったの、直ってるか?」

「はい。直しときました。ただもう少し時間をくだされば、ここの留め具のとこ取り替えちゃうんですが。」

「それはまた今度だな。値段は?」

「銅七十ですね。」

「はいちょうど。」

「確かにちょうど。ありがとうございました。次の方。」

「修理頼めるか?」

「……あれ、一昨日も来てませんでした?また壊したんですか?」

「そいつそそっかしいからなぁ。」

「うるせぇ。今日はテコが壊れたんだよ。」

「じゃあそこ置いといてください。とりあえず全員対応しちゃいますので。次は……お代は銅六十枚です。」

「はいよ。いつもありがとさん。」

「まいどあり。次の方……」

 今日はいつもより職人が多かった。どうやら梅雨の前に仕事が殺到して、かなり忙しいそうだ。

 リッカードも比例してかなり忙しい。今直さなければならないものを四つも抱えることになった。

 と、階段の軋む音がする。先に気づいたのは職人達だった。

「お、リックの嬢ちゃんか。早起きだな。」

「うん。」

「おぉ。ほんとにかわいいな。」

 和む雰囲気なので、彼はそのままにしておくことにした。

「だから言ったろ?人攫いに見つかったら大変なことになるって。」

「人攫い?」

 セイラは首をかしげた。

「あぁ、君とリックをお別れさせようとする悪い奴らだ。」

「嫌い。」

「ハハハ。安心しろ。町のみんなが守ってくれる。」

「うん!」

「テコ終わりました。」

「おう。ありがとさん。」

 リッカードは作業場に戻る。

「……そういやリック。気になってたんだがよ。」

 こうやって話しかけてくるのはいつものことだ。作業の手は話しながらでも狂うことはない。

「何です?」

「道具の修理と宝石売りって、どっちの方が儲かってんだ?」

「宝石ですね。」

 そう。道具修理だって、毎日あるわけではない。それに数は多いが、宝石は一つあたり安くても銀貨三十枚はする。

「やっぱこの辺のやつって高いのか。」

「買いたいんですか?安いやつもありますよ?」

「いくらくらいだ?」

「装飾によりますけど、まぁ銀貨二十五枚くらいですかね。」

「それなら買えそうだな。」

「そんくらいなら、俺も気になってる子に買おうかな。」

「それはお前につられたるんじゃなくて宝石につられてオッケーすんだよ。」

 笑いが響く。上の方でドタドタと音がしたが、セイラは宝石を眺めて楽しそうにしているから、ベスティだ。

「この店で一番高いのっていくらするんだ?」

「ここにはないですけど、金貨百枚とかするのがいくつか。」

「うわ。」

「買うやついんのか?」

「ご贔屓さんの身内が結婚するとかだと、売れるみたいですね。」

「その金は何に使うんだ?」

「新しい宝石の仕入れです。……はい。終わりました。」

「商売って大変そうだなぁ。」

「月末の帳簿整理とか、頭痛がしてきますよ。」

「リックは頭良さそうだもんな。」

「良さそうじゃなくて良いんだろ。俺らなんか三桁の計算も覚えたばっかじゃねぇか。」

 そんな感じで、早朝は相当騒がしい。日がある程度登り始めてようやく一息つけた。

「この赤いキラキラは?」

「ルビーっていう宝石だ。」

「きれい。」

「そうだな。これ高いやつだし。」

「へぇ~……」

 と、上からベスティが降りてきた。そしてリッカードの前に真剣な面持ちで立つ。

「寝坊して本当に申し訳ありませんでした!」

「何でそんなかしこまってるんだ?」

「いや、悪いことはちゃんと謝らなきゃ。」

「ならさっさと降りてくればよかったのに。」

「いや、何か邪魔しちゃ悪いかなと思って。」

「別に邪魔とかないから。ていうか俺が早すぎるだけだと思うから気にしなくていい。」

「そっか……。じゃあ、ちょっと朝御飯の具材買ってくるからお金ちょうだい?」

「上から取ってきてくれ。ここのは出せない。」

「分かった。銅貨五十枚出すから。」

「頼んだ。」

「……って、金庫どこにあるのよ?」

「ベッドの下。」

「ん。」

 その日の朝食はサンドイッチだった。晩御飯の具材も買い足された。というか恐らく三日くらいもつ量だ。銅貨五十枚でどうやったらここまで揃うのかが気になる。

「……ちょっと厠行ってくる。」

 この町では厠は公衆である。流水が豊富なため、それを引き込んだところにするという形をかなり昔から引き継いでいる。

「えぇ。……一番近いのってどこにあるの?」

「店出て右に行って、大きな通りを左。あとは看板出てるから分かるだろ。」

「かわや?」

「用を足すところだな。」

「セイラも行く。」

「男女別だから、ベスティと一緒の方がいいな。じゃあ俺待ってるから先行ってきてくれ。」

「一人でできるもん。」

「さすがにそうか。」

「行ってきていいわよ。留守番任せてくれるなら。」

「頼んだ、……損失出したら許さないからな?」

「分かってるわよ。」

 厠までは少し距離がある。差し迫っていたリッカードはセイラを抱えて走った。

「きゃー!」

 それが彼女にはとても楽しかったようだった。

 結果帰りも要求されることになった。

「きゃー!」

「リックのやつ。ずいぶん楽しそうだな。」

「そりゃあね、あんな可愛い子を拾ったらそうなるわよ。」

 周囲からはそんな声が沢山上がっていた。セイラはこの辺ではすっかり有名人である。

 そして店に帰ると、前には馬車が止まっていた。御者はリッカードを見つけると、慌てて店内へ駆け込んだ。

 リッカードはセイラを降ろし、店内へ。彼女は後ろに隠れるように続いた。

「だから!リッカードは今留守なんです!」

「嘘おっしゃい!」

「奥様!店主様が参りました!」

「えぇ?!」

 主人不在の店で大騒ぎする女性。嫌な予感しかしなかった。

 いたのは化粧の濃い、まさに『奥様』だった。

 騒ぎが外に漏れてはまずいと、扉を閉める。

「私というものが来てやったというのに、店にいないとはどういう了見なのかしら?」

 失せろと言いたいところだが、先代からの教えを破るわけにはいかない。だから完璧な笑顔を作る。

「申し訳ありません。」

「ふん。……その娘は何?」

「娘です。」

「へぇ……あなた、うちに来ない?」

 奥様が近づくと、案の定強い香水の匂いがする。ベスティは申し訳なさそうな顔をしていたが、こんなのは定期的にくるから、別に損失でもなんでもない。

「可愛い子は好きよ。こんなところよりずっといい暮らしができるわよ?」

 セイラの途端に表情が険しくなった。

「……なに?まさか睨んでいるの?」

 空気がまずいことになる。一言でもしくじれば大変なことになるのは目に見えていた。

「……リック……!」

 ベスティが下を指差す。何事かと伺って、驚いた。

 まるで炭を零したかのように、奥様の足元の陰だけが濃くなっている。

「……セイラ。だめだ。」

 ささやくと、陰は元通りになる。奥様は気に食わないようだが、彼からすると賢い子でよかったと本当に思う。

「ふん。こんな店二度と来るものですか!私の不興を買えば、こんな店すぐに潰れますのよ!」

 リッカードは何も言わなかった。潰れないし、ここで頭を下げればつけあがられる。これが最適解だった。

「ふん!」

 恐らく謝って欲しいのだろうが、しない。

 それでも奥様はゆっくりと出口へ向かう。

「こんな店、二度と、来るものですか!」

 というわけで退店。

「ほんとごめん!料理もできないうえに、客も怒らせて……」

「気にするな。どうせ粗粗探しに来た客だ。」

 それともう一つ。

「お前自腹切ったろ。いくらだ?」

 ある程度の予測に基づいて、かまをかけただけだ。

 とはいえそうだったらしい。ベスティが怒られることを悟った顔になった。

「……二十枚。」

「後で渡す。」

「ほんとごめん。」

「気にしなくていい。な?セイラ。」

「うん!」

「あとセイラにもお話があります。」

「?」

 リッカードは目線を合わせる。

「俺のために怒ってくれてるのは分かるが、力は使っちゃだめだぞ。」

「ごめんなさい。」

 セイラはしょぼんととした表情になる。こうされるとこれ以上責める気力がなくなる。だが釘を刺しておく。

「俺はいいけど。他の人の前で力を使ったら、君は確実に殺される。もしやるんならばれないように。」

「うん。」

 彼女は頷いた。

「リック。」

 ベスティが鋭い声を飛ばす。

「ん?」

「何があっても使わせちゃだめよ。」

「だって。……でも、危なくなったら迷わず使え。」

「うん。」

「リック!」

「はいはい。」

 ベスティの言い分は分かる。セイラが力を使ってしまったら、保護者であるリッカードは社会的に終わる。そうしたら結婚はさすがに難しい。

 要するにスズカのためだ。だからリッカードは知ったこっちゃないという話である。

 それよりも、保護しているセイラの身の方がずっと大事だ。 

 特にさっきの奥様が何かしてくる可能性がある。例えば人攫いに情報を流すなど。

 恐らくスズカやベスティは協力してくれない。それを防げるのはリッカードだけだった。

「セイラ。これからは俺と一緒に動いてくれるか?」

 負担になってしまうことを恐れたのだが、むしろ彼女は嬉しそうだった。

「うん!」

「私もついてくからね。」

「セイラを守ってくれるのか?」

「いえ。」

 一応聞いたが、迷いなく返事が返ってきた。

「なら、足手まといにはなるなよ?」

 するとベスティは視線を泳がせて、小さな声で言った。

「……お風呂とかでなら、守ってあげてもいいけど。」

 恐らく彼女は、目の前でセイラが連れていかれそうになったなら守ってくれるだろう。

 リッカードは笑みを浮かべた。

「なに?」

「いや、変わってないなぁと思って。」

「……普通のことでしょ。」

「そうなると、お前はメイド向いてないかもな。」

「やっぱり、そうよね。」

「でも、俺はお前が好きだよ。」

「?!それって……」

「ただ俺には予約が入ってる。」

 期待したベスティ。それにリッカードが背くことはなかったが、かたきはあまりに大きかった。

 だが、そんなことよりも先に聞きたいことがあった。

「……私の、その……どの辺が好きなの?」

「優しくて素直なところ。」

 ベスティは照れて耳まで真っ赤だった。

 彼女は知らない。もう一人また別の意味で大きな敵がいることを。

「……ん?セイラ、どうした?」

 さすがに彼も、セイラが裾をつかんできたら何かを主張したいのだと理解し始めてきた。

 しかし彼女は首を横に振る。

「何でもない。」

 そう、セイラもまた、リッカードと結ばれることを諦めてはいなかった。

 そしてリッカードもまさか、自身が拾った少女に惚れることになるとは思ってもいなかったろう。

 名誉のために、彼は決してロリータコンプレックスではないということだけは言っておく。。

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