第61話 卒業(パーティ前) その2


「お帰りなさいませ」

 授業を終えて寮に戻ると、今日はセディがそこにいた。

 セディのそばにはアルベルが一緒に立っている。

「ジェイ様にアルベルをお返ししたいのですが、なぜかここを動こうとはしません」

「何か気に入らないのね。アルベル、久しぶりね」

 勝手知ったるとふうに、アルベルはぴょんと私の腕の中にやってくる。

 1か月に一度程度だが、家出したアルベルはウチで寝泊まりする。滞在を許可する代わりに入浴や爪切りなどのグルーミングをさせてほしいと言ってあるのだが、その条件なのに無抵抗でグルーミングされている。


 ネコ科じゃなかったのか? 風呂でのんべんだらりとくつろぐのはアリなのか?

 ツッコミどころはたくさんある。


「今日も素直にバスルームに入ってくれましたし、爪の手入れも嫌がることなくさせてくれましたよ?」


 アルベルって、神獣なんだよね?


「まぁ、そもそも綺麗好きですからね。他の猫は知りませんが」


 猫ではないと訴えているアルベルの身体を撫でて、神獣だと知っているけれど、と訂正しておく。知らない人には猫で通そうね、とばかりに。


 と、ドアがノックされるた。

「申し訳ありません、チェリー・モーリです」

 私が頷くと、セディはドアを開けた。チェリーさんは一礼して中に入ってきた。



 セディが入れたお茶に口をつけることなく、チェリーさんは深刻そうに視線を外した。

 アルベルは私の横に座って、丸まっている。体のどこかを私にくっつけて眠るのは昔からの癖だ。

「セオドア様のこと?」

「このままでは、孤立してしまいます」

「それはセオドア様が自覚していること? それとも、あなたが自覚していること?」

「それによって、返答が変わるんですか?」

「ええ」

「私が知らない間に、クリスさんに婚約破棄を申し入れたと聞きました。その直後、私に結婚の申し込みをしてきたんです。どうやっても別れる、だから結婚してくれと。手始めに、公爵家から距離を取るとか言って、カイルさんを側近から外しました。そのあとは、その、あまりセオドア様にとっては良くない人たちと付き合うようになって。やめてほしいと何度も言ったんです。あんなの、王子としてのセオドア様ではないからと。婚約破棄したいからという理由なのかどうかわかりません。でもそれを指摘すれば、彼は、王子としてよりも、一個人が大事だと言って取り合ってもくれない。聞く耳を持たなくて」


 ああ、この人は少しづつ立ち位置を見極めてきているんだ、そう思った。


「貴方はどうしたいの?」

「え?」

「一人の男としてセオドアという人間を愛せるの? 地位も財産もない、無一文の、ただの一人の男としてのセオドアを愛せるのか、愛せないのか」

 チェリーさんの目が、大きく見開かれ、返事をすることに戸惑っていた。

「そこに答えがあると思いますよ?」

「でもそうしたら、貴方は…。公爵令嬢が婚約破棄されたら、もしかしたら一生結婚できなくなる可能性もあるって」


 生活の心配よりも、私の心配かーい!

 もう答えが出ちゃっているじゃないの、チェリーちゃん。可愛いね。


「心配いらない。私は他の令嬢と違って、魔法の研究だとか開発だとか、農地改革が大好きだってことは知っているでしょう? だから研究三昧するに決まっているでしょ?」

「でも、一人の女性としてのクリスさんはどうなんです?」

「身の振り方はいくらでもあるわ。だから心配しない。それよりも、チェリーさん」

「はい」

「貴方が暮らしていた世界と、私たちの世界は価値観が違います。それをふまえても、セオドア様とあなたの出会いは素晴らしいものだと思いますよ。もちろん、私にとっても。セオドア様は、貴方と出会って顔つきが変わられました」

「でも、それが…その…自分の地位に驕って本当のことを見失うようなことがあれば…。セオドア様は王子として正しいことは正しいと言わなきゃいけない人です。でも、クリスさんと婚約破棄して私と一緒になるということが、果たして良いことなのか疑問です。ましてやわたしはこの世界の人間じゃないから」

「ああ、やはり貴方はそこが引っ掛かっていたんですね、利発な人だ」

「クリスさん?」

「一つ、セオドア様は、自分の地位に驕って本当のことを見失うほど、視野が狭い人じゃないの。だから、私も兄も、セオドア様のことを尊敬していますよ。今も、昔も」

 みゃぁぁ、とアルベルが同意するように啼いた。

「アルベルもこの意見に賛成のようね。だからね、チェリーさん、貴方はあなたが思うようにしたら良いの。あなたがこの世界で生きてゆくためには誰が最強のパートナーになりえるのか考えたほうが良い」

「それが、貴方を傷つけることになっても?」

「ええ、それでセオドア様がセオドア様らしく生きられるのなら、この国の公爵令嬢としても、一人の幼馴染としてもその選択を祝福しますよ。セオドア様は自分の気持ちをあなたに伝えましたよね?私たちはその気持ちを応援するだけです。あとはあなたが答える番です」

 目の前の人は、まだ逡巡していた。

「じゃぁ、例えば」

 深呼吸して考える。

「いっつも俺たちに文句を言っていた公爵の坊ちゃんが側近を外されたってことはだな、俺たちが取り入る隙があるんじゃないか、仲間を集めろよ、今だよ。……って考える馬鹿どもが山ほど湧くとは思わない?」

「だからこそ私は…え…?」

 私はにっこり笑って見せた。

 チェリーさんはそれだけで気が付く。

「チェリーさんへの気持ちは変わらないと思うのよ。馬鹿どもを利用するのは同じ女性としては蹴とばしたくなる行為だけど、セオドア様の領域には私たちは口出しできないから」

「馬鹿どもを利用する、ですか?クリスさんは蹴とばしたいって…は?」

「ええ、どっちに転んだって私たち臣下はセオドア様の味方だから、不安になることはない」

「わかりました」


 それでも、暗い顔で、チェリーさんは部屋を出て行った。

「時間がないのに、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫よ」

「明日は一日休養日ですが、明後日は本番ですよ?」

「とはいっても、クリスタ先生の補習があるから支度をお願いね」

「…前日に?」

「前日も、よ」

 クスリと笑う。パーティの前日であっても、訓練は欠かさない。あの人はそう言う人なのだ。

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