第62話 パーティ当日 その1


 パーティ当日。

 私は白の正装に身を包む。デビュタント用に用意された正装で、これは男女ともに変わりないものだ。卒業パーティと言っても、デビュタントパーティの予行演習みたいなものだから。

 そして身に着けるのはセオドア様から突き返されてきた赤いコサージュをアレンジしたものだ。セオドア様の正装は、王子である授章を身に着けるので、邪魔にならない小さな花々のコサージュを作るのだが、戻ってきた後、それには仕掛けをしておいた。


 パーティでは、デビュタントが身に着ける赤と白のコサージュのほかに、警備関係者の黒のコサージュと、給仕やスタッフが緑のコサージュを身に着ける。基本、貴族たちは白正装になるのでこの色は目立つのだ。ちなみに、会場内に入る警備も白正装に身を包む。給仕やスタッフはモスグリーンの宮廷用の制服だが。


 何色のコサージュをつけるか、悩みに悩んだことは言うまでもないが、この時間までセオドア様からのお迎えがないということは、そう言う意味だ。

「お嬢様、クリスタ先生がお見えになりました」

「ありがとう、今行くわ」

 セディの声掛けに、気合を入れなおして立ち上がった。



 ブリリアントホールにはごった返すほどの人々が集まっている。

 なにしろ、国内の貴族のほとんどが集まっている。パーティを主催するのは国王なので、両親は今日は国王代理として朝から会場入りして運営を仕切っている。

 デビュタント本人の兄は婚約者であるサーラ姉さまを迎えに行ってから会場入りする。

 王子の婚約者である私は本来は王子のエスコートでここに来ることになっているのだが、警備用の入り口からクリスタ先生と一緒に入る。ブリリアントホールには、爵位の低いものから順番に入場し、、貴族家最後は公爵家の面々が、そして王族に連なる者たちが入場するのだ。


「よう、お疲れさん」

 声をかけてきたのは黒の正装姿のラインハルトさんだった。

「うわ、アンタの正装なんて久しぶりに見たわ」

「どうしてお前は正装するとオカマ言葉になるんだ?」

 ふたりのやりとりに笑いが起きる。

「お嬢も似合っている」

「ありがとう、ラインハルトさん。まさかお二人から頂けるとは思っていなかったので」

「とっておきに作ってもらった。ヤツも喜んでいたよ」

 肩からのストラップと腰のベルトで支える、サム・ブラウン・ベルトタイプの帯剣ベルトは二人から贈られた正装用の特注品だ。腰ベルトだけで支える帯剣ベルトが主流だが、軍人や護衛官は正装時にはこのタイプを身に着ける。帯を結ぶと、どうしても二本の帯尾ができてしまうのだが、ファッションとしてわざと帯尾をひらひらさせるのもアリなのだが軍人や護衛官はそうはいかない。彼らの帯尾は包帯のようにきっちり結ぶことになるが、代わりに帯剣ベルトを装飾しておしゃれを楽しむことに派生して、正装時の帯剣ベルトは職人が工夫を凝らして製作する。

 職人手作りの特注品は、剣の師匠から成人する弟子への贈り物だとか、婚約の印として贈られることもある。親しい人からしか贈らない贈り物だった。

 私に贈られたのは、オーソドックスな形の魔物素材で仕上げられた、これまた定番の白い細革ベースの帯剣ベルトだ。体に沿うように、しかし動きを妨げない、締め付けない適度な伸縮性も持たせてある。そして腰ベルトには極細チェーンで彩られ、ところどころに剣の道に生きるものの象徴としての黒曜石を配置してある。

 普通は帯剣するとその重さでバランスが崩れたり、抜刀するときに左手で保持しなければ抜きにくいということもあるのだが、そこは魔法補正がかかっていて何事にもスムースだった。

「んーでも、お嬢は本当にデビュタントに出席して良いのか? こいつは曲がりなりにも貴族で後見人に当たるから良いとしても。警備にひっかかったりとか?」

「一応肩書はセオドア様の婚約者だからね。それより、本当にやると思う?」

「やるわよ。こんなチャンスないもの。動きがおかしい連中も入ってきてるし。何人かの動きが不自然だ」

 クリスタ先生はそう言って目を凝らす。

 ダンスホールを見渡せる、警備や使用人たちが行き交う二階の休憩室エリアの一角に隠れて、様子をうかがっていた。


 伯爵家までのデビュタントたちが紹介されながら入場し、来賓の大使夫妻や外交官が入場する。

 壇上に近い位置にいるのは公爵夫妻で、宰相としての役目をこなしている。

 外交官たちの中に、招待枠でジェイの姿もあった。彼の年齢もデビュタント年齢だからね。ただし特定の人がいようがいまいが、来賓者は全員青のコサージュだ。


 兄さまたちが入場するタイミングで、クリスタ先生と一緒にホールに降りて人ごみに紛れる。これからは半分警備の仕事だ。

 兄さまがサーラ姉さまと一緒に入場し、紹介を受けると扉が閉まることなくチェリーさんを連れてセオドア様が入場してきた。

 二人とも、赤いコサージュをつけての入場で、つまりは二人が相思相愛だということに他ならない。


「え?」

「ええええええ?」

「うそ?」


 途端にざわめきが起きた。


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