第60話 卒業(パーティ前) その1


 国の貴族社会では、デビュタントと呼ばれる新人たちはその年にいくつかのデビュタントパーティを経験する。

「いくつかの」という条件があるのは、デビュタントの前に学院の卒業パーティーでその予行演習を行うからだ。毎年、王都にあるブリリアントホールに学院卒業生とそのパートナーと、主だった貴族家が揃い、他国の留学生がいる場合は外交関係者も同席する。なかなか立派なパーティなのだ。そして、国内の貴族家当主夫妻が出席する中での最初の関門ともいえる。


 学院卒業が成人年齢を迎えることになるので、卒業パーティはほぼデビュタントパーティの予行演習的な位置づけだ。だから必ず付添人が必要で、ダンスのパートナーとしての役目を負う。

 付添人は、基本は婚約者や、親兄弟、年の近いいとこなどが選ばれ、黄色のコサージュを身に着ける。親が選んだり、本人たちの話し合いでパートナーとして決めたりするのだが、それもそれで楽しいひと時だ。勿論、相手のいない同士の学生でも出席できる。

 卒業生はデビュタントの作法に則り、は男女問わず白の上着に白の帯を締め、正式に婚約者がいるものは赤い花のコサージュを胸元に飾ることが義務付けられている。間違いをなくすためであり、婚約者がいないものは白いコサージュしか飾ることはできない。

 このコサージュをお互いに贈りあうのが、一種のプロポーズとその返事とも言えた。だから婚約者に似合うコサージュを意匠のクリエーターに頼んだり、自分で作ったりしたのだ。


 当然、クリスは馴染みのクリエーターに頼んで何度も打ち合わせてコサージュを作り、出来上がったコサージュに願掛けの魔法を施してセオドアに手渡した。

 だが、セオドアが逆に手渡してきたのは真っ白の見事なコサージュで、クリスが贈ったコサージュはそのまま贈り返されてきた。それが全ての返事だった。


※※※※※※※※※

(ジェイ視点)

 

 最近、セオドアとクリスの中がぎくしゃくしている。もちろん、正式な公務は二人そろってこなしてはいるがセオドアはチェリー嬢を伴って私的な公務をこなすことが多い。

 異界から来たチェリーというこの女性を自分の女のように侍らせ、あまり噂の良くない取り巻きに囲まれている。

 故意なのか、事実なのか。

 一番戸惑っているのはチェリー嬢だな。彼女は、それでもこの状態がおかしいという自覚があるらしい。


 そういったことから、公務をこなしてはいるが仲の良さはアピールされていない。だからこそ反対に、弟王子であるエドワード王子とビクトリア嬢との仲はうなぎのぼりに良いと好評だ。

 同時に、セオドアの周囲も何やらおかしなことになってきている。素行不良の話が出てきて、学寮を抜け出し、よからぬ連中と付き合っているとか、いないとか。

 真偽は不明だが、良くない取り巻きがいつもそばにいることや、側近中の側近と言われたカイルやジャンリック、側近候補としてそばにいるジョンですら3回に一回は遠ざけている様子がある。何か考えがあるのか、ないのか、少し様子がおかしい。


 そう思っていた。

 そう思っていたのだが。

 公務にウキウキしながら参加しているセオドアを見ていると混乱する。


 主に、自分とクリスの不仲をアピールするために。


 だというのに、この国のために将来何をすべきか、という話をチェリー嬢と話している。

 いろいろな領地で行われている人材育成のノウハウを発展させてシステム化したもののようだが。

 そのほかにも実験的に何かやることがあるのか、その準備を進めているらしい。

 教育だけじゃない、幅広く。異界人の一言一言が新鮮なようで、いろいろ話している。本当に。


 だからこそ、クリスが何も言わずにいるのがおかしいと思った。本気で俺が横取りするぞ、と言ったらセオドアは何食わぬ顔でどうぞ、ときたもんだ。


 チェリー嬢は渡り人だから勉強も社交マナーもわからない状態でこの世界に来ている。だから、この世界の常識が通用しない。

 ある意味それが強みであり、ある意味それが弱みになる。

  その彼女を食い物にしようと群がる馬鹿どもがいるのも事実で、その馬鹿どもを連れて歩こうとする「バカ王子」がいるのも事実だ。

 だからこのバカ王子はクリスを俺に頼む、と託してきた。本気か? 本気だろうな。俺を巻き添えにしないようにと距離を置こうとしているし、俺とクリスをくっつけようとしている。

 奴は本気で、「バカ王子」をになろうとしてるのか?

 だが当のクリスはけらけら笑ってバカ王子のバックアップに入っている。なんなんだ、この二人は、と思うのだが、二人の間に確かに友情があるのが見て取れる。

 不思議なものだ。

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