第56話 頭脳戦


 チェリーさんは、公爵家の馬車に乗って私と一緒に学校に戻った。朝帰りである。

 別に朝帰りが問題ではない。セオドア様は兄さまと一緒に王宮から朝帰りだから。

 朝帰りする場合は、学院の正門を使うのは王族と公爵家だけで、他の貴族家や平民の皆さんはそこから少し離れた通用門を使う。馬車の大きさの関係と、乗合馬車の停留所の関係でそうなっているだけだが、大きな違いは門の外、柵から一般人が見ることができるかできないかにかかっている。

 王族や公爵家はもちろん、警備上の理由で正門から入っても外から覗かれる心配はない馬車寄せに馬車をつける。

 一方の通用門は門でのチェックを受けた後、広い馬車寄せを使い、すぐに退出しなければならない関係で外から見放題である。

 チェリーさんが学院に登校していることは、少なくとも午前中までは秘密にしておきたいからだ。


 あの手紙を見たコーニーは、我が家の精鋭たちと直ちにチームを組んで次の仕事に取り掛かった。

 指定された場所に向かったのは、変装してチェリーさんに成りすましたコーニーだ。強力な幻影魔法でちゃんとチェリーさんに見えるようにしてあるし、魔法を使っているということもわからないように偽装してあったから、連中は約束の場所に現れてくれたし、予定通りコーニーは犯人たちに連れ去られて、郊外の別荘の一室に閉じ込められた。

 そこに現れたのは仮面をつけた複数の男たちで、彼らは偽物のチェリーとは知らないまま、自分たちの要求を口にした。


 2週間後に行われる卒業パーティでセオドア王子のパートナーになれ、と。


 そしてもし、そうならなかったらどうなるのか、ということを目の前で実践して見せた。

 「拉致してきた」という町娘を、その場で複数の男たちが性暴力をふるうところを見せつけてきたのだ。

 おかげで自分の意志とは関係なく「従う」と約束したという。

 その後、夜明け近くに開放され、朝の通用門の開門時刻に学院まで送ってきてくれたという。


 コーニーは胸糞悪いと報告してきたのだが、彼女の献身無くしてはこの後の作戦が立ち行かない。

 拉致監禁した男たちはラインハルトさんを中心としたギルドの仲間たちが拘束し、ウィンズベール領地にある拘束施設にひとまとめにされてある。もちろん、地獄の取り調べが待っている。

 一方、ラマランたちは仮面をつけた男たちを追い、複数の貴族家と複数の貴族当主、その子息などを特定するに至った。


 その一連の報告のタイムリミットが今日の午前中なのだ。

 不明な点は引き続き調査しているが。



「それで?」

 目の前のジェイは、呆れたように私に目をやった。

「クリスさんは見事、お父様のお気に入りになったのよ?」

 事実を伝えておく。アルベルは安心したように私の膝を独占している。

 学院に登校してすぐ、アルベルは私の膝の上に乗ってきた。授業中だというのに、わざわざ隠匿の魔法で自分の姿を消してまで。それほどまで魔力の枯渇を招いているのかと少しずつ分け与えると、すやすや眠りながら魔力チャージを受けてほぼ一日。一日の課業を終えて部屋に戻ってきても、私の膝を独占している。呆れたジェイが珍しく迎えに来たのだ。

「アルベルがお気に入りってことも頭が痛い」

 兄さまはそう言ってため息をついた。

 ひざの上のアルベルを連れて行こうとしたが、アルベルはばちっと電撃で威嚇してそれを阻止した。

「アルベル、それはダメでしょ?」

 シュンとするアルベル。

 ジェイが結界を張ったので、兄さまがそれを補強する形で結界を張る。

「アルベルがクリスの魔力に興味があるのか、それとも巫女としての判断なのかで大きく違う」

「兄さま?」

「神獣としてのアルベルが、単に魔力補給のためにクリスの魔力を持っていくのは別にどうでも良い。満足したら離れるだけだ。問題は、アルベルが神獣の巫女としてお前を選んだ場合は話が違う」

「はぁぁぁぁぁぁぁ?」

 特大の疑問符を、ジェイが投げかけた。

「ちょっと待った、誰がそんな情報漏らした?」

「いや、簡単だろう?」

「カイル?」

「神獣は100年くらいの周期で交代している。交代するときに、神獣の巫女と呼ばれる魔力を共有する巫女が側にいることが常だ。政権が代わろうと、神獣とその巫女は代々保護されてきた。で、だ、その神獣と意志を交わすことができるのが代々の王だとしたら、その巫女が王の妃だとしても何ら不思議はない。特に神獣の代替わりの時の王妃は貴族出身とはしてあるが、現実には平民だったり、出自の明らかではない避難民だったりしたこともあった。これ、お前の国の公文書だぞ? ちょっと考えればわかる」

「どういうこと? アルベルは私の魔力に興味があるだけでしょ? 私が神獣の巫女?なわけないない」

「もちろん、まだ決めていないから巫女じゃぁない。アルベル本人もそこは否定しているしね。だから安心していたんだけど」

「つまり、アルベルは魔力に共感したらふらふらあちこち浮名を流すんだ」

「そっち?…」

 当のアルベルは心外だと言いたいくらいに目を見開いている。

「意外と人間的?」

「クリス?」

 うふふ、と笑ってアルベルを撫でた。

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