第55話 セオドアの覚悟
「なに? チェリーが?」
「声が大きいです」
そう言ってすぐに結界魔法を張るカイル。
「どういうことだ?」
「指定の場所に来なければ、無差別に人を傷つける、との脅迫手紙が届きましてね、今我が家で保護しています」
「カイル、それは…」
「相談を受けたのはクリスです。連絡を受けたウチの手の者が動いているので、何も知らないで通してくださいね」
「こちら側でこのことを知っているのは?」
「アリス・カータレットだけです」
「つまり、こちら側に内通者がいるということか」
「そうみています。誰だかわからないので動きは慎重に」
「…宰相は知っているのか? いや、屋敷内にいれば知らないはないな」
「よろしいんじゃないですか? あの人、一度会っておきたかったって言って、ほいほい鼻の下を延ばしていましたよ」
「は?」
「あまりバカな女性はセオドア様のそばに置いておきたくはないから、一度見極めると鼻息荒く」
「親父と同じことを言う…」
そう言ってセオドアはため息をついた。
「だから安心して口説き落としてくれとの伝言がありましたよ」
「宰相は…」
まじまじとカイルの顔を見つめた。
「どちらの女性を口説くのかはセオドア様のお心次第ですよ」
カイルがすっと立ち上がった。
「お前は馬鹿かっ」
その瞬間、カイルの結界が解かれたので周囲にいた王宮使用人たちにカイルの怒鳴り声が響いた。
カイル自身は降参、というように両手を挙げた。
「お静かに」
「バカさ加減に呆れる」
「誉め言葉と受け取っておきます」
カイルが良いタイミングで結界魔法を解いたこともあって、それ以上は何も言えなくなってセオドアはいらいらするし、そのいら立ちを隠そうともしない。
しかし、カイルはただ、しずしずと頭を下げるだけだ。
セオドアはふんと鼻息荒くカイルに背を向ける。
「今日はもう顔も見たくない。控えていろ」
「かしこまりました」
カイルは一礼して部屋の片隅にいる側付きのジャンと交代する。
「すまんな」
「いや」
本来ならこれで交代して帰宅できるはずのジャンだったが、カイルが控室に行くことになったのでセオドアが就寝するまではジャンの仕事となる。
「ジャンは帰って良いぞ。俺は資料の読み込みがあるから部屋からは出ない。お茶の準備だけしておいてくれ」
その言葉には、就寝支度をしていた部屋付きメイドが頭を下げて答えた。
「いえ、それでしたら余計に」
「どうせ夜中までかかる。そうすれば頭も冷える」
つまり、明日のことは言っていない。カイルが隣室で控えているので明日になれば呼び出す、という意味か、とジャンは気が付く。
「では、お言葉に甘えてお先に失礼いたします」
ジャンは一礼して頭を下げた。
その日は夜遅くまで公務資料の読み込みと言いつつ、思索にふけっていたのは言うまでもない。
セオドアにしてみれば、チェリーへの恋心は封印すべきことだと思っている。王子として婚約者のある身ながら婚約者以外に恋をするなどと、言語道断である。
しかし、なのだ。
しかし、なのだ。
そしてなぜか、婚約者である公爵家は「どちらでもお好きに口説いてくださいませ」というのだろうかというスタンスなのかと思う。
クリスティーナは聡明な女性で、会うたび、会うたびに惹かれてゆく。この国を憂うことも、民を憂うこともできる女性で、時にはその解決の糸口となる一言が出るときもあるし、実際、自分でやってみたりもする。まだ子供なのに、だ。
「あやつは、時々我々とは違う目を持っているのではないかと思うときがあります。殿下がそれを疎ましいと思うことも起きるやもしれません」
父親は、ある時彼女をそう評した。
しかし、俺はそうは思わない。彼女が努力していることを知っているからだ。
疎ましい…という感情ではなくて、うらやましいと思うし、その才を分けてほしいと思う。
パートナー足りうる女性、なのだろう。
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