第14話 領内教育改革 その4
翌朝。
食堂内では、うんうんうなりながら問題を解いている者、解き終わったものの、その解き方は結局地道に116個のコマを使って当てはめて解いたもので、全く学術的な計算方法ではなかったことは明らかだった。
「学術的に解くということは、方程式、ですよね?」
先生はそう言った。
「そうですよ。では皆さん降参ですか?」
誰もが降参、と手を挙げた。
「先生は解けましたか?」
「答えがわかったのは先生と僕だけです。でもそれは116個のコマを作って解いた結果なので、学術的だとは言えません」
意外にも、ミリーもそう言った。彼の机の上には数枚の紙があり、その紙には小さな丸が書いてあり、片っ端から当てはめて解いたのだということが分かる。
「方程式で解くのはわかっても、その先が分からないんだよね」
「二つの方程式が必要だから。じゃぁ、グループ数から算式を立てます」
4人グループをxとし、5人と6人のグループが同数なのでグループ数をもとにした条件で数式を立てると、xと2yの連立方程式なのでさらさらと問題を解いた。
もちろん、この国にはxとかyとかはないから、こちらの文字を使っているが、渡り人が持ち込んだという四則演算の記号は伝わっているので計算式は同じだ。
「あ・・・すごい」
「でも、ですよ。こんな計算が分かったって、実際私たちの仕事には役に立たないと思いますが、いかがですか?」
先生はそう言った。
「そうでもないわよ。無意識にやっているだけよ。それを数学的に表しただけなのに。そうねぇ、例えばね、おうちを作るときに、完成締切がこの日で、じゃぁ何日工事の日にちが取れて、何人の作業員が必要で、仕事量はこれくらいで、って現場監督は考えるでしょ?」
「そうだね」
「筋肉ムキムキの作業員の仕事量と、筋力がない作業員の仕事量は同じかしら? 現場監督はそこまで考えて仕事を割り振るし、今後の予定を立てるよね?」
「そりゃぁ、当たり前の話だよ」
「そういう条件が付いた仕事を、計算式で表したのが方程式。これができると、誰かに説明するときに便利だと思わない? 雇い主にこうだからもっと日数増やせとか、人をふやせとかいえるじゃない。そういうの、おもしろくないかなぁ?」
と、水を向けてみる。
「え?じゃぁ俺っちは毎日そんなことを無意識にしてるということか」
現場で働いているらしい男はそう言った。既婚者らしいが、今回の「勝負」の審判を買って出たらしい男だ。
「そうかぁ、ゴンの仕事量感覚で説明したって、全然わからないもんな」
「理解できると、楽しいですよ。そういうわけで、リストに掲載される人はいませんでした。皆さんお疲れさまでした」
「そんなの・・・君の眼鏡に適うような男はいないじゃないか」
「じゃぁ、別の所で頑張れば良いではないですか」
ミリーはそう言った。うん、彼、時々良いこと言うよね。
「そんなの無理だよ」
「そうかしら? 先生は教育だし、ミリーはギルドの内勤仕事でしょ? 私ギルドの内勤仕事ってできないよ?」
「えっ?」
「つまり、勉強は手段で、その人その人によって勉強方法も違うし内容も違うのよ。行きつくゴールもその人のためになることじゃないと意味がない。手段として勉強するのは悪いことじゃないのよ」
「ええ、もちろん」
「じゃぁ、まず子供たちに学ぶことは楽しいということを、親も、大人も子供に教えなきゃ。文字を書ける子と文字が書けない子を一緒にしたって、先生は効率的に教えられないでしょう? じゃぁ、親が一緒に勉強するとか、学校で一工夫するとか」
「そこなんですよ。今までの功罪か何か知らないですが、使っている教材がバラバラで。仕方なしに教材ごとにクラスを分けているんですよ」
ああ、クラスの編成が雑なのはそういうことだったのか。
「そういや、俺っちの子供はそれがやりにくいとか言ってたよな」
「じゃぁ、先生、そもそもの教育方法をやめちゃったら?」
「はい?」
「教材が違うのは習った場所も違うからやりにくいわよね。年齢で分けても習熟度は違うもの。じゃぁ、先生は教材を統一して、年齢じゃなくて習熟度でクラスを分ければ良いんですよ」
「いや、そんなことして良いんですか?」
「だって、領内の教育を任されているのは貴方なんだもの。この町で、実験的に編成を変えてやって良いというお父様からのお許しがあったでしょう? 基本的に領内の教育はウィングの町の教育が標準になるけれど、この町は、飢饉と大火事と水害で学校教育が進んでいないからってことであなたに任されたんだもの。2年とかの期間で立て直すくらいにしないと、無理無理。赴任して1か月でいろいろ考えろというのも無理だけどね」
「そうか。新入学の子供たちはそのままウィング基準の教育をして、そのほかの子供に関しては習熟度別にするのか」
「そう。学校卒業の時に卒業時に求められる学力に達していればよいわけでしょ?」
先生が目をキラキラさせた。
「さすがお嬢さんだ」
先生は立ち上がると、食堂を出て行った。
「なんなん、あれ」
「はい?」
「火をつけましたね、さすが公爵令嬢です」
コマちゃん、それ、余計なことしたってこと?
「いえいえ、当たり前の仕事に立ち返らせただけでございます。あのお人は悪い人ではありませんが、少々思い込みの激しい人です。ちょっと操縦してやれば大変役に立つ人ですよ」
コマちゃん、腹黒。
「いえいえ、私はあくまであなたのサポートですから」
そうは思えんな。
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