第13話 領内教育改革 その3
そういうわけで、臨時の授業を終えて町役場に戻ってきた。
ギルドに行ったのは私とおばあさまだけで、おじいさまは町役場でエレン隊長と町の治安に関しての相談をしていた。
「終わったのか?」
「はい、終わりましたよ。皆さん意欲的で。あの様子なら心配ないですよ。ね、ティナ」
「きっと大丈夫」
「頼もしいな」
「お嬢様がこんなにも聡明でいらっしゃるとは驚きです」
「ありがとうございます」
「ああ、そうです、念のためお耳に入れておきますが、あの先生はお嬢さんとの婚姻を望まれていると公言してはばからないです。それだけ教育に興味を持ってほしいということなんですが」
「は?」
まさにクエスチョンだ。
「勉強ができれば、公爵の覚えめでたく婿に望まれるかもしれない、だから勉強は大事だと説き続けています。ご不快に思うこともあるとは思いますが、許していただければと」
「つまり、勉強ができればいろいろと道が開かれるかも、ということかね?」
なるほど、良家のお坊ちゃんでも、頭が切れる男か。まぁ、不器用な男なんだろうが。
「まぁ、私の趣味じゃないけど」
「は、ははは、ははは、趣味じゃないとな? クリスははっきりしておるな。まぁ、婿はまだ決まっていないがな」
「本当に、ですか?」
「本当です」
不安そうな町長に代わって私は即答した。
けれど、そうは考えていなかった人たちもいたわけで。その日、町長宅の夕食を終えた後、私は一足先に迎えに来たエレン隊長と一緒に宿舎である通りの向かいにある宿屋に帰る。
この世界ではよくある、一階が食堂、二階以上が宿屋という宿舎で、最上階、3階の部屋はおじいさまとおばあさまで一部屋、私が一部屋、エレン隊長が一部屋、という形でワンフロア貸し切りになっている。2階は全部で6部屋のそんなに大きくはない宿屋だが、庁舎に一番近い宿だからいろいろ都合が良いのだ。
そしてこの町の警備隊の面々は仕事終わりにこの食堂で食事をとることも多い。
「隊長は食事したの?」
「いや、これからだ。お嬢、明日は街はずれの水道施設を見に行くのか?」
「その予定です。久しぶりの乗馬になるからちょっと心配だけど」
「ああ、そうだな」
一歩足を踏み入れると、ちょっとした騒ぎが起きていた。
「何だ? どうした?」
「ああ、始まったんですよ、あのセンセーの病気」
酔っぱらったこの町の警備隊のメンバーである。アルコールが入っているが、任務に支障はない程度にとどめているあたり、理性的な男である。
「病気?」
「俺は認められて、お嬢さんの婚約者になるんだー、ってやつ」
「へぇ、そんなこと言ってるの?」
「言ってる言ってる勉強しろ、学校に来いという煽りなのは知っているが面白くてね。ちなみに、お嬢さんの婚約者候補のリストってあるの?」
「それはあるわよ」
その言葉に、食堂がシン、とした。
「俺でも立候補できる?」
この町の警備隊の一人が酔っぱらいながら立ち上がった。
「未婚なら」
「本当に?」
「もちろん、お父様やお母様がこの人なら、という人物評価が入るし、私が嫌いな人はリストから外れるけど、候補者リストに名前を入れるのは簡単だよ。どれか一つ、私よりも優秀なこと。それが第一の条件だから」
「んんんん?」
「つまり、俺は文官だから資格はないか」
「じゃぁ、私より頭が良ければリストに入れるわよ」
「本当に?」
「いや、リストに入るだけだろ?」
「それでもすごいじゃないか。やってみろよ」
「挑戦してみても良い?」
「俺も」
「僕も」
「私も良いですか?」
手を挙げた中に、あの先生もいた。
「良いわよ。問題は一問。明日の朝食の時間までに問題を解いてくること、誰かに聞いたり、助けてもらったりするのはダメですよ。そしてこの問題を高等学問的に解くことです。それが条件」
「お嬢さん、ちょっと」
紙と鉛筆を取り出し、ちょっとした問題を出す。
116人の人間を、23グループに分けて魔の森に討伐することになった。4人、5人、6人のグループに分けて配置し、5人と6人のグループを前衛と後衛に配置し、4人グループを補給隊に配置する場合、4人のグループは何グループできるのか、という問題である。5人、6人のグループは前衛後衛のワンセットなので当然同じ数になる、というのが条件。
「ぴゃっ」
声をあげたのは全員だ。方程式はこの世界の大学に当たる部分で普通に勉強するが、連立方程式は研究段階だ。
大部分の数学研究者は、まだ方程式に戸惑っている。
「こ、これですか?」
「お嬢さんはこの問題を…」
「一人で調べて一人で結論に至るなら大丈夫ですよ。約束は守ってくださいね。解けても、リストに載るだけです」
食堂内が一瞬にして、静かになった。
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