第四章 やっぱりやっちゃうよね? お決まりパターン

第58話 宰相アダムの憂鬱 その1


 学院でのいろいろな騒動が耳に入ってくる。それがひどくなっていることにいら立ちを隠せない。

 こんな時になんだって問題を起こすんだ。

 しかもわが子が二人とも!


 そんないらだちがあって、今夜はクリスを呼び出した。カイルは今日は宿直扱いで王子と一緒に王宮に泊まっている。

 王子は陛下が説教した当日の夜に王宮を抜け出して再び夜遊びしたものだからカンカンで、学院の寮に宿泊することを禁じた。

 まぁそんなことをしたってあの王子はまた王宮を抜け出すんだろうが。


 セオドア王子はバカではない。人並外れて優秀ではないが、為政者となれば優秀だという部類にはなるだろう。きちんと目を向けなければならないところにきちんと目を向ける、誠実な性質を持っている。時々、自信過剰で突っ走る嫌いと、内向的に突っ走る両極端な部分があるから安定した外交には向かないきらいがある。しかし、人の上に立てる人間かと問われれば間違いなく立てる、と断言できる。

 一方のエドワード王子は決断力のある社交家タイプの優秀さがある。もちろん、為政者としても言うことなし。

 足して二で割ればちょうどよい加減だが、世の中うまくは行かない。

 兄妹仲も良いのだが、困ったことに、二人とも優秀だからこそ、二つの派閥ができて困る。


 陛下は、リチャードは父親としてそんな二人を憂いている。

 父親としてセオドア王子を諭したというのに、王子はそれを分かっていて王宮を抜け出した。

 国王としては子煩悩で、しかし情に流されてまで執政を行うほどリチャードは甘くはない。

 そしてもう一つの悩み事は渡り人の存在だ。

 彼女の存在は、国王としても見逃せないレベルに至っている。教会派の面々が彼女を聖女に仕立て上げようとしている危険がある。


 そんな中で、わが子二人の「やらかし」に頭が痛い。


「お父様、お呼びですか?」

 帰宅後すぐ、夕食前に書斎に来るようにクリスを呼び出した。

 デスクの上には決済を待つ書類がいくつか並んでいて、手紙も何通か来ている。が、それは今は後回しだ。

 夕食の前に片づけるべきことを片付けよう。

「二人だけで話したい。しばらく近づかないでくれ」

 執事見習いのセディが一礼して了承した。一般人枠で学院を卒業して一年、見習い勤務ももうすぐ終わって正式に執事となる日も近い。我が家の使用人の中では一番の有望株息子だ。

 だというのに。

 頭が痛い。


 椅子に座るようにクリスに言い、結界を作動させる。

「何かありましたか?」

「まだ極秘の話だ。決定ではないと心得てくれ」

「はい」

「セオドア王子から、陛下に対して一方的に報告があった。一つは、カイルが王子から側近を外すと言われた。もう一つはクリスとの婚約を破棄するとも言われた。心当たりがあるのか?」


「でしょうねぇ」


 返ってきた返事がこれだ。お前は予測していたのか?


「でも私は、その申し出を受けるつもりはありません。殿下には逃げ道がないといけないから」

「クリス、何を考えている?」

「お父様にとって、いえ、一国の宰相としてチェリーという渡り人はどういう存在ですか?」

「どういう、とは?」

「私はですね、政治的にはものすごく害悪な存在だと思いますよ。彼女はなにか突出した才能があるわけではない、技術も持っていない。若いだけが取り柄のように見える存在です。それだけに、利用されやすいし、なにものにも染まりやすい。全く違う政治システムの中で育ってきて、話に聞けば王政の世界ではなかった、民主主義とかいう、平民も貴族もない世界で、みんなが投票で選んだ人が国を動かすという政治システムの中で育ってきている。しかも、違った政治システムの仕組みも知っている。そして渡ってきたばかりの彼女には、国王への尊敬もなければ、貴族としての矜持もうすい。じゃぁ平民として生きていけるのかと問われればもうこれだけ大きな存在になっているのに平民としては生きて行けない。政治的には、非常に有益であるけれど、今の私達貴族社会には同時に劇薬でもある」


 劇薬、全くそのとおりだからだ。


「でも、一人の女性としてみれば、ひどい話ですよね。ある日いきなりわけわからない場所に連れてこられて、帰る方法もわからない。誰か仲間がいるわけではない、今まで暮らしてきた名残もない世界で一人ぽっちですよ?政治システムも風習も慣習も違う世界で、生きてゆかなきゃならない。魔法も使えないからひっそり生きたいと願ったって、登場の仕方が登場の仕方だったんでそうはいかないでしょう?」

「そうだが」

「彼女も馬鹿ではないんです。自分でどう生きてゆけばよいのか、迷っている部分もある。なのに、担ぎ出そうとするバカは山ほどいる」

「ちょっと待て、お前は何を言っている…」

「この先は、私の独り言ですよ、父上。この先、国王陛下を中心とした政治よりも、彼女が暮らしていた民主主義とやらの政治が良いと国民が望んだなら遅かれ早かれ、この国は変わってゆくでしょう。その流れを止めることはできないし、国民がちゃんと考えてそういう政治が良いと望んだら、そういう道筋もあってしかるべきです。一つの国として、皆が平和に穏やかに暮らすというのは理想ですしね」


 待てクリス、その言い方は国家転覆を…。

 まさか国家転覆を考えているとか?

 まさかな。

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