五 いつかの声

 見慣れない車が公園の端っこで止まった。中から男が出ていて、彼に近づいてきた。男は梶本さんが残していったゴミを投げ捨てた。綺麗なカーブを描いてちゃんとゴミ箱に入っていった。大人になるとああやって簡単にゴミを見つけてゴミ箱の方を見ずに投げ入れられるようになるのかもしれない。

 ツクツクボウシの死骸が近くに落ちているのに気がついたが、まだツクツクボウシの鳴く声は聞こえていない。メスだろうかと、彼は考えた。

 そういえばまだツクツクボウシの抜け殻は見つけられていない。

 「君、大雅君?」

 「おじさんは誰?」

 「時枝大雅」

 「え、同じ名前……」

 「遠いような近いような親戚だと思ってもらっていい」

 僕も知っている有名な会社だった。自分もいつか、こんな会社に入れるようになるのだろうか。

 「この夏は、どうだ?」男はその格好に似つかわしくないブランコに座って彼に尋ねる。

 「平和かな」

 「名前は呼ばれたか?」

 「さっきここで呼ばれたけど、何か違うんだ」

 「違うって?」

 「アイスを半分こした」

 「そうか──」男は空を見上げて小さく言う。「そんな事あったっけなあ」

 「……行かないとやばい?」

 「私の時は大変なことになった」

 「分かった」

 「気をつけるんだぞ」

 僕はゴミ箱にアイスの容器を捨てて走って行く。

 「あ」ツクツクボウシの死骸を踏みつけてしまい、立ち止まる。「やっちゃった」

 それでも僕はすぐに走り出して公園を後にした。

 夏が終わるにはまだ早い。

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