四 蝉の声

 シャーベッドアイスを近所の駄菓子屋で買って食べていた。半分に折ることが出来るあれである。そのまま家に帰ろうと公園の近くを歩いていた。

 「大雅君!」

 アイスに夢中だった時とは眼の色を変えて声の方を向く。

 どこかで覚えていた。

 目線の先では同級生の梶本さんがブランコに座っている。

 「──何やってるの?」拍子抜けした声で彼は訊いた。

 「遊んでるー。……あ、アイス!」

 「半分やるよ」

 「え、いいの?」

 「全部食べると腹壊すし」

 「ありがとう」

 梶本さんの横のブランコに座って、彼女にアイスを渡した。

 「暑いね」

 「うん。夏だからなしゃーないよ」

 「そうだけど」

 しばらく黙っていた。アブラゼミとクマゼミの鳴き声が大きくなって、二人を囲んでいる。

 「平和な夏って、いいもんだね」僕はゆっくりとブランコを小さく揺らしながら言った。

 「……どうしたの急に?」

 「いや、別に。なにもないっていいなあって」

 「変なの」

 「勝手に言っとけ」

 「……そういえば、宿題どれぐらい進んだ?」

 「リコーダーの練習と全部の問題集のまとめ、それに一行日記」

 「いいなあ! 算数と理科と社会のドリル見せてよ」

 「じゃあリコーダーの練習僕の分もやってよ」

 「あんなの簡単じゃん」

 「楽譜が読めん」

 「そう?」

 彼女はアイスの容器を地面において、ブランコを漕ぎ始めた。揺れる量がどんどん大きくなり。

 「とう!」

 ジャンプ。

 見事に着地を決めた。

 「じゃあ、またね!」

 彼女の後ろ姿は陽炎に揺らいで、帰っていく。

 「ゴミぐらい捨てていけよ」

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