二 記憶の声

 お盆休み一日目。実家からの電話で起こされた。時刻はまだ朝八時にもなっていない。

 「もしもし」

 「もしもーし? お盆休みはいつから?」母からだった。

 「今日から」

 「そう? なら、たまには戻ってきなさい」

 「え、面倒」

 「車も買ったんやろ? それで戻って来たら」

 そこまで言ってお袋は電話を勝手に切った。有無を言わさず帰って来い、ということだろう。少なくとも一年半以上は実家に帰っていない。

 「面倒だなあ」

 持っていくものを床に並べて、何を持っていくかを確かめてから鞄に詰めて家を出た。

 ナビに実家の住所を入れる。実家までは車で約三時間半。休憩含めて今出ると昼の二時頃には着くだろう。


 実家近くの小さな交差点で信号が青になるのを待っていた。車の冷房で体が冷えたのでウィンドウを開ける。熱気が車内に流れ込んできて体をあっという間に暑くさせた。

 「××君!」

 後ろから名前を呼ばれた気がしてミラーを見た。何もない、誰もいない。

 またか、と溜息一つ吐いた。

 この幻聴の主が誰かは分かっている。小学五年生の夏休み明け、何があったかを知らされてから。

 ずっと後悔の念と。

 夏の交差点の陽炎の向こうとが。

 一緒に脳裏にこびり着いてしまった。

 続いて、耳鳴りのようにツクツクボウシの鳴き声が急に響いてきた。

 信号は青。入ってくる音をかき消すために近くのコンビニに入って、ブラックコーヒーを喉に流し込む。

 駐車場に白いセダンが入ってきた。運転席の男性と目が合ったので軽く頭を下げる。小学校の頃の教頭先生だった。こんな機会も無いだろうと思わず先生に声をかけた。自分でもよく覚えていたと思う。

 「おお、おお、久しぶりじゃないか」

 「お久しぶりです。ご無沙汰しています。覚えていただいていて恐縮です」

 「今は何してるんだ? 大学院?」

 「いえ、至って普通のサラリーマンですよ」

 「立派じゃないか。どこ勤めてるんだ?」

 「あまり言いたくはないですが……■■■です」

 先生の目が丸くなる。

 「……すごい大手じゃないか。じゃあ東京か?」

 「本社じゃないですよ。開発センター勤務ですから田舎にいます」

 「それでも立派だ、誇らしいよ」

 「たまたまです、それに大手と言ってもブラックですよ」

 「まあそんなものさ、給料は悪くないんだろ?」

 「ボーナスはいいしれないですが、でも給料はあまり変わらないですよ」

 「へえ……」

 「先生はこれからどちらに」

 「これから会いに行く人がいてね。少し遠いからちょっとした旅行だよ」

 「どこまで行くんですか?」

 「広島だ」

 「ちょっとではないですよ、気をつけて下さいね」

 「ありがとう」

 コンビニ近くにあった掲示板には小学生の頃に貼られた行方不明者の情報お尋ねのポスターがまだ貼られていた。もうすっかり色褪せて文字がほぼ読めなくなってしまっている。結局見つかってはいないのだろう。かれこれ十五年ぐらい前の事になるのか。

 行方不明になったのは、当時のクラスメイト。当時は随分騒いだ思い出があるけれども、卒業する時にはもう見つからないんだろうなあという空気になっていた。それでも、毎年、夏になれば無事を祈った集会が開かれていた。今でも続いているかは知らない。

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