『平穏はいつか崩れる。崩れない平穏などないし、崩れた平穏がいつまでも戻らない道理もまたない』

その言葉を言ったのがニーチェだったか太宰治だったかビートルズだったか、はたまたどこぞの革命家だったか、僕には忘却の彼方だったが、でも確かに、風が強い日に麦わら帽子を被った少女が帽子を飛ばされないようにしっかりと掴むような感じで、脳裏にしっかりとこびりついている。僕の倫理観とは相容れないそんな言葉がしっかりと。


今日は月曜日。最近は双葉に関わっていたせいで、学校に行く一学生の身分であることを失念していたが、それも一段落したので今日は素直に登校しようと思う。

僕が一階の喫茶店に行くと、親父と双葉がカウンター席に座って、仲良く談笑していた。そこに割り込むように、

「コーヒーとトーストとハムエッグ」とだけ端的に伝える。

「はいはい、いつものね。それはそうと伸二。双葉ちゃん、面白い子だな。お前が惚れるのもわかる気がするよ」くっく、と親父は意地悪く笑う。

だーれがこいつに惚れるんだよ。まあ、最近の僕の行動だけをみれば、双葉に惚れてると思われても仕方ねーよな、とひとりごちる。

「きゃはは、親父さん、伸二くんってば、照れてるじゃーん。まあ、初めての相手が伸二くんってのも悪くねーよな」そう言う双葉の頭を僕は、ぱしんっ、と叩く。

双葉はすっかり黒崎家に馴染んでいる。それが双葉という少女の資質によるところが大きいだろう。まあ、その言動と行動に危ういものがあるとしても、だ。やれやれ、僕もなんだかんだで双葉のことを気に入りはじめてる。もちろん口には出さないが。

「じゃあ、そろそろ学校に行くか」朝食を食べて、鞄を掴んで、それから喫茶店を出る。後ろから、いってらっしゃーい、と手をひらひらと振る双葉がいた。


僕が通う青葉学園は、徒歩でも通える距離にあるのだが、僕はバイクで通っている。ひとたびバイクに乗るのを覚えると、目的地がどんなに近くても歩くというのが億劫になる。僅か数分で学校が見えてきた。が、校門のあたりに人だかり、それは生徒の群れだった、ができていた。

僕はバイクを降りてそれを押しながら、その人垣に向かう。駐輪場は校門を潜った先にあるからだ。

そこで警鐘が鳴る。それは第六感と呼ばれるものだ。

僕は人垣を縫うように進む。そして、この人垣ができている原因が僕の視界に入った。


首から下を喪失したひとりの人間の頭部が地面の上に置かれていたのだった。

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