第28話 おっさんと、邪龍ー2

『シンジ! ちょっと本気で飛ぶよ!!』

「あぁ!」


 その瞬間、シルフィは元の龍の姿に戻る。

俺は加護を発動しながらシルフィの背中になんとかへばりついた。

ドローンも置いてけぼりにならないように、脇に抱える。


『ちっ! 嵐雷龍テンペストか……面倒な』


 シルフィの全力は、音速を超え、ソニックブームを生み出す。

風の魔法で俺を守ってくれているが、でなければ体が木端みじんに吹き飛ぶほどの速度。


 混沌龍は、シルフィには追い付かなかった。


 それでも食らいつくあたり、さすがは最古の龍。


 俺達は目的地へと向かって飛翔する。


 数分後、俺達は地上に降り立った。


 数秒遅れて到着するカオスは目をしかめるように羽ばたく。


 なぜならそこにいるのは。


『よくやった、信二。この平地ならば我々も思う存分やれる』


 ドワーフの軍勢だった。


 ガゼット率いるドワーフの親衛隊。


 数は100。

本来であれば万の兵で迎撃する予定だった。

しかし、ガゼット王とで立てた作戦により、集めたのはドワーフの中で天才と呼ばれる剣の使い手だけ。


 一人ひとりがあの巻き藁を日本刀ならば両断する剣の使い手。


 その軍勢が、邪龍へとその剣を向ける。

霊峰イカロスは、足場が悪く高所であったため戦いづらく、邪龍に有利。

それを加味して、この広場へとおびき寄せるのが俺達の作戦の一つ目だ。


 とはいえ、逃げられれば意味はない。


 だが。


『虫けらが何人集まろうと関係ないわぁぁ!』


 シルフィを追いかけ続けて頭に血が上ったこいつが逃げるわけもない。


 大きく呼吸したのち、龍のブレス。

触れれば死ぬ黒き炎をドワーフ達が襲う。


『だめ!! させない!』


 しかし炎は天高く風に乗って上に飛ぶ。

シルフィの風は龍の死の黒炎を無効化した。


『ちっ!! 面倒な!! なら潰れてしまえ!!』


 カオスの爪が目の前のドワーフ一体に振り下ろされる。


 だがそのドワーフは下がらない。


 むしろ、前へ。


『……済まぬ。王として戦場に出るのは間違っている。作戦の意図も理解している。だがせめて…………せめて、この邪龍に我が一太刀は浴びせねば!!』


 腰に付けた日本の心を、強く握って、前に進む。


 ――怒りの一閃、龍を切る。


『――死んでいった家臣達に顔向けできぬ』

『ぐっ!?』 


 それはドワーフの王、べオルグリム・ガゼット。


 振り落とされた爪を紙一重で交わす姿は全盛期にも一切劣らぬ歴戦の猛者。

躱した爪、振り切る日本刀、古龍が一体の鋼鉄のような黒き鱗に守られた体に傷ができる。


 浅く、到底命には届かない。


 しかし間違いなく傷を負わした。


『なんだ、その剣……我が鱗に傷をつけるだと……虫けら風情がぁぁ!!』


『最後にはその命まで届かせて見せよう。だが、残念ながら我儘はここまでよ。全員! 戦闘準備!!』


 そういってガゼット王は後ろに下がり指揮を執る。

 

 ドワーフの精鋭達が次々と襲い掛かる。


 龍の息吹は全てシルフィが無効化する。

さらにシルフィが全員に付与した風の鎧が、直撃以外ならばドワーフ達の命を守る盾となる。


『全員、避けることを最優先! 死ぬことを禁ずる! 絶対に全員生き延びよ!!』

『『はっ!!』』


 ドワーフ達は命を賭けて戦い続ける。


 俺はその様子を配信する。


 善戦しているように見えた。

あの巨龍からしたら、ドワーフ達は誇張なく矮小な虫だろう。

だが、隊列を組み作戦を立てて完璧な連携をするドワーフ。


 日々の血のにじむような努力の成果。


 努力できる。


 その一点が俺達意思ある生物が虫と圧倒的に異なる点。


「よし、いける……このままなら」


 シルフィも龍の状態となって、援護してくれている。

速度で勝るシルフィなら混沌龍に捕まることはなく、最高の働きをしてくれていた。


 あとは、もう少しだけ。


 俺が真っすぐと混沌龍を見て意識を集中させる時だった。


『許せぬ……』

「え?」


 それは言葉だったのか、気のせいだったのかもわからぬほどの小さな声。


『我を誰だと思っている……許せぬ』


 だがもう一度聞こえたその声は、間違いなく混沌龍の声だった。


 そして俺は。


『許せぬ!!』


 こいつが何をしようとしているのか理解してしまった。


「全員耳をふさげぇぇぇ!!!」


 俺は叫ぶ。

しかし、戦場で矮小な俺の声が届くわけもない。


 そして俺の想像した通りに。


「ギャァァァァァァ!!!!!」


 聞いたことのないほどの声が世界に響き渡る。

魔力の乗った、龍の魂の咆哮。

シルフィでも止めることができない音の爆弾。


 ――硬直。


 俺達は思考を停止させられ、筋肉は硬直した。

目は見えている、カオスがゆっくりと歩き出した。

分かっているのに、脳がそれを処理してくれない。


『虫けら共が、我を誰だと思っている……』


 怒りの感情が伝わってくる。

俺達は最古の龍の逆鱗に触れてしまっていた。


『我が名は、エンド。ハデス神より加護を賜りし終焉の龍なるぞ』


 エンド、それが混沌龍と呼ばれた古龍の固有名称。


 ぎろっとその大きな目を硬直するドワーフ達へと向ける。


 その巨大な爪を振り上げる。


 だめだ、動けない。


 間に合わない。


 そう思った時だった。


『――第五階位魔法・星霜の盾!!』


ガキン!!


 緑色の半透明の盾がドワーフ達を覆うように現れる。

混沌龍カオスのエンドの爪をはじくほどの強固な半透明のオーラのような結界を出現させた。


『……指示がないからどうすればいいか、わからなかったが、助けていいな。信二』

「……はぁはぁ、いや。ナイスタイミング。完璧だった」


 現れたのは、遠方で待機していてくれたエルフの集団。

この世界で最も魔法に長けた一族で、その中でも最も強い族長達による共同魔法が龍の一撃をもはじき返す。


『……エルフ? なぜアルテミス神のお気に入りの引きこもりが森の外に出てくる』


 怒りよりも、不思議そうにエルフを見て首を傾げるエンド。

エルフは森から外に出ない、それは数千年生きたエンドにとっても初めてのことだった。


「――助かったよ、ガルディア」


 俺は配信ごしにガルディアに言った。

エルフ達には状況がわかるようにスマホを貸している。


 そのスマホを見ながらガルディアはいった。


『何を言う、信二。ドワーフには確かに借りもなく、義理もない……しかし、我らが英雄が助けてくれと頭を下げたならエルフ族は何を押しても力を貸す』


 後ろに続く族長達数十名も同じように続いていく。


『――君には返しきれぬ借りがある』

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