第14話 おっさん、エルフに会いに行くー3
「――!?」
直後伊集院先生は、すぐに電話を掛ける。
焦っているように感じるが、とても迅速な対応だった。
その相手は大泉信一郎。
「大泉さん!! 至急ゲート閉鎖!! このエルフが来てから外に出た人はいませんか!! だとしたら連れ帰って!」
「わかった、すぐに調査させる。一体なにがおきた!」
「ペストです!!」
「なぁ!? ペストだと!? わ、わかった。すぐさまゲートの閉鎖を行おう!!」
俺も知識だけ知っているその病気の名前を聞いて驚く。
――ペスト、別名黒死病。
かつてヨーロッパの1/3の人口を殺し、歴史すらも変えた最悪の伝染病。
体が黒くなり壊死していくことから黒死病と呼ばれ、その感染経路は症状が進めば肺が侵され、いずれは空気からも感染する。
その状態は肺ペストと呼ばれ、ペストの最終状態、そして数日後には死に至る病。
つまり、今この部屋にいる俺達もおそらくは感染していることだろう。
中世ならば絶望的。
だが。
「安心しろ、我々人類は既にペストを乗り越えている。必ず救うさ」
今は現代。
何千万という犠牲の上に人類はペストに勝利している。
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名無しのモブ1:ペストぉぉぉぉ!?
名無しのモブ2:まじ? 治るんだっけぺストって。
名無しのモブ3:今は余裕で治る。
名無しのモブ4:エルフっ子も治るんかな……治って欲しいな……
名無しのモブ5:映像求む、いやそういう意味ではなく、リアルに気になる
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数分後。
信一郎から電話がかかってくる。
「あぁ、大丈夫だったよ。あと一時間もすれば抗生物質が届く。今日はまだ誰も日本には戻っていないし、ゲートは封鎖したからパンデミックの心配はない……もう冷や汗ものだよ、感染者が日本に帰っていたら私の首が飛ぶところだった……」
伊集院先生の迅速な診断のおかげで、ゲートを通って日本に戻った人はいないようだった。
これで日本にペストが広まる恐れはなくなったので一安心、あわや俺が原因でパンデミック発生の恐れだった。
「すまん、信一郎。俺が連れてきたから」
「いや、私も配信を見ていたしそれしかないと思った。だがまさかペストとはな……確かにあれはネズミなどを介してノミから人に感染する。森の動物達と住むエルフがかかっても何らおかしくはないか」
その後届いた抗生物質を俺が接触した可能性がある人全員が処方され、科学消毒によって、日本町や俺が通った場所は全て消毒された。
『シルフィも飲むの?』
「龍に効くのか正直わからんが……一応な」
そしてついに、伊集院先生含む何人かの専門医によってエルフのエルディアの治療がはじめられた。
……
「ふぅ……成功だよ。エルフといっても人間と同じ構造でよかった……あとは抗生物質が効き始めれば一週間もすれば改善していくだろう。いや、あの状態でよくもまぁ立っていたものだよ。弓矢まで……死にそうな状態だったはずだが、エルフとは強いな」
「そうですか……よかったです」
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名無しのモブ1:頼む、助かってくれ!
名無しのモブ2:伊集院先生が有能すぎる問題。
名無しのモブ3:てか、これエルフの森今やばいことなってんじゃないの?
名無しのモブ4:ペストで全滅までありうる。
名無しのモブ5:閉鎖的な種族。絶対抗生物質とか打ってないでしょ
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コメント欄に記載されている通りだ。
エルディアはおそらくはもう大丈夫なはず。
だがあの三人のエルフの様子を見るに黒の呪いとはペストのことな気がする。
そして発見次第燃やそうとしたのは、今そこまで切羽詰まっているのではないか?
感染を広げないために、発見次第即座に殺して燃やすという処置を取っているのではないだろうか。
「信一郎……」
俺はエルディアの治療を一緒に待っていた信一郎に話しかける。
「いくのか?」
「あぁ、きっと今たくさんの人が苦しんでる。救えるかもしれない命が消えようとしてる」
正義の味方と言われればそうかもしれない。
でも俺は妻を亡くした時に本当に絶望した。
自害すらも考えたが、娘がまだ生きているという理由で何とか踏みとどまれただけだ。
家族を……愛する人を失う辛さは誰よりも知っている。
身を引き裂かれるような思いと、どうやっても埋めることのできない大きな穴。
でも今それが俺が頑張ればそうならない未来が手に入るかもしれない。
ならやっぱり俺の答えは決まっている。
「救いたい。万能の霊薬とか抜きに……エルフ達を」
「しかし話は聞いてくれるかわからんぞ。どうするつもりだ」
「誠意をもってお願いする」
「ははは! サラリーマンらしいな。そういうお前に、私から……一つ提案がある」
「あるのか!?」
「あぁ、だがこれはお前を危険に晒す方法だ。だが結局のところ……意志ある生き物は感情で動くものだからな」
……
◇一方、エルフの森。
「また黒の呪いじゃ……これでもう今日だけで10人目じゃぞ」
一人の女性が泣き崩れていた。
自分の旦那が黒の呪いと呼ばれる病気、つまりペストに感染したからだ。
そして、目の前で殺されて火葬された。
止めることはできなかった。
掟として、旦那は受け入れ、自ら火を放ったのだから。
「一体いつまで続くんだ、この地獄は!」
エルフの森に多数ある部族の代表達が話し合っている。
だが、その代表達ですら既に何人か死んでいた、その中で比較的若い代表が叫ぶ。
「東のシルバ族はほぼ全滅だ」
「ムーン族もな……もはやエルフの数も三分の一が減ってしまった」
閉塞感漂う会議。
ここは森の中に建てられたエルフ達の集落、その中でも一番大きく集会で使われるリーフ族の集落。
「もはや滅びる運命しかないのか……」
もう自分達ではどうしようもないほどにエルフ達にペストは流行してしまっていた。
疑わしいものは即座に殺し、火葬する。
そんな掟がいつしか決められたが、それは完全に逆効果だった。
体調が悪いことすらも隠すものが現れてしまった。
なぜなら体調が悪いと言っただけで殺されてしまうのだから。
そのせいか蔓延は加速し、だからといって治療法もないので殺して燃やすしかない。
そんな日々は血が繋がっていなくとも部族全体が家族のように愛の強いエルフの心を蝕んでいった。
エルフ達は、毎日のように泣いていた。
種の存続が難しいほどに、病は森を犯していく。
「神に供物を……アルテミス様に生贄を捧げるのじゃ……」
そんな中、エルフの大長老の一人が口にした。
それは昔から何か困ったときには、自分達に加護を与えてくれたアルテミス神にお願いするための儀式。
そして選ばれたのは、族長の娘。
年はまだ若く10歳にも満たない。
信二達によって助け出されたエルディアの妹だった。
「私の命で、エルフのみんなが救われるなら何も怖くありません……お父さん。今まで育ててくれてありがとう」
「…………ソフィア、すまない」
その少女はニッコリと笑っていた。
たくさんの枯れ木が集落の中央に集められ、そしてその少女はその中心の木に括られる。
生贄の儀式、だが言い換えれば火あぶりの刑。
「今から一言もしゃべってはならぬ。痛いと言う言葉もじゃ。静かに、ただ我々を救ってくださいとアルテミス様に願い続けるのじゃ。でなければ声は届かない」
「……はい」
その女の子は縄に縛られながら目を閉じる。
そして全員が見守る中、火をつけられた。
ぎゅっと唇をかみしめながら恐怖に耐える。
怖い。
でも耐えなくてはならない。
これがエルフを救うためならば耐えなくてはならない。
(耐えろ……耐えろ……我慢、我慢……私がみんなを救うんだ)
まだ10歳になったばかりの少女は、必死に耐えろと心の中で繰り返す。
「……っ」
足元から火の熱が伝わってくる。
もうすぐそこまで火が燃え広がってくる。
思わず悲鳴をあげそうになったが、ぐっと耐えた。
涙がこぼれてしまいそう、今にも助けてと叫んでしまいそう。
それでも耐えなくてはならない。
顔を上げるとその視線の先には、自分の父のリーフ族の長。
まっすぐと私を見つめている。
(……助けて……お父さん!!)
そう心で叫んでしまった。
でもそれは口にしてはいけない。
そしてついに火が足元へと昇ってきた。
周りでは多くのエルフ達が、願いを捧げている。
「……うっうっ(……助けて)」
泣いてしまった。
怖くて、怖くて、どうしても泣いてしまった。
助けて……。
死にたくない……。
ボウ!!
その時だった。
「――え?」
まるで嵐のような風が上空から全ての火をかき消した。
見上げれば空には一体の銀色の龍。
そして、一人の人間が空からまるで風を纏って降りてきた。
少女を固定していた縄をナイフで切って、私を抱きしめる。
「こんなバカなことで死ぬことはない!! 君は死ななくていい!!」
「うっうっ、うわぁぁぁあぁ!!」
私は思わず泣いてしまった。
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