第二話 本当に?

 そもそも、僕が、このルートを帰るようになったのは、お母さんの入院している病院に寄るためだった。


 それが、たまたま、いじめグループのやつらの帰る方向と一緒で、そのあたりから目をつけられていたようだった。大した理由もなく突き飛ばしたり、足を引っ掛けたりされた。


 おかげで僕は、病院に行くと、土まみれで、

「ちょっと、また制服のままサッカーしたの?」

と、お母さんに顔をしかめられたのだった。


 お父さんも、いじめのことには気付かなかった。仕事が忙しい上に、慣れない家事もやらないといけなかったし、とにかく忙しかったから。



 だから、あの雨の日、僕の「泣く場所」を作ってくれた、あの優しいおばさんのことが忘れられなかったんだ。



 その日も雨が降っていた。

 

 いじめグループより、かなり遅い時間に下校した。今日は、病院に寄るつもりはなかった。あの家に、本当に、あのおばさんがいなかったのか、もう一度確かめたかったのだ。


 そうっと庭を覗く。人の気配はない。雨の日の夕方に、外に出ているわけもないか。諦めて帰りかけた、その時だった。

「あら、キミ、どうしたの?」

背後から声がして振り返ると、あのおばさんがいたのだ。

「あ……あっ、こんにちは」

「こんにちは。どうしたの? うちに何か?」

「あっ、あの……この前お礼を」

「あら。傘は返してもらったから、わざわざよかったのに」

「えっ?」

「ああ、あれね、妹なの。機嫌悪い時に来ちゃった?」

「え、ええ、まあ……」

妹? 近所のおばさんの話と違うな。まあ、近所の人の噂なんてあてにならないからな。

「あっ、あの、紫陽花。お母さんが……母がとても喜びました。ありがとうございました」

「そう。よかった」

「入院してるんです。だから、花をもらったこと、とても喜んでました」

お母さんの入院のことは、友達にすら言っていなかった。何故、おばさんには言えてしまうのか、自分でも不思議だった。

「あら、そうなの。喜んでもらえて嬉しいわ」

おばさんは、にっこりと笑い、

「あ、ちょっと待ってて」

そう言うと、家の中に一旦入り、バタバタと出てきた。その手にははさみ。木や花を切るときのやつだ。

 

 おばさんは、玄関のすぐ傍の植え込みから、また一輪の紫陽花を切ってくれた。

「はい。これ、お母さんに」

「えっ、僕、そんなつもりじゃ……」

「いいのいいの。うちの紫陽花で喜んで貰えるなら」

にっこりとおばさんは笑った。

「あ、ありがとうございます……」

僕は受け取りながら、チラッと植え込みを覗いた。

「(えっ?)」

紫陽花が見当たらない。

「えっ?」

「どうかした?」

「あ……いえ、なんでもないです。ありがとうございました」

僕はお礼を言うと、逃げるようにその場を去った。



 どういうことなんだろう?

 風呂に入りながら考えた。


 あの家には優しいおばさんが住んでいる。

 傷の手当をしてくれて、傘を貸してくれて、紫陽花をくれた。

 傘を返しに行くとヒステリックな女の人がいた。

 傘はその家のものだと言った。

 近所のおばさんの話によれば、その人が今の奥さんで、前の奥さんはいない。

 紫陽花は抜かれてしまった。とのこと。


 ここまで思い出して、考え込む。確かに、紫陽花は、そこには植えられていないように見えたよなあ。


 僕はおばさんに再会した。

 あのヒステリックな女の人は妹だと言った。

 そして、お母さんにと、紫陽花を貰った。

 でも植え込みに紫陽花は見えなかった。


「ん〜」

何かが変だと思ったけれど、何がどう変なのかわからなくて、僕はブクブクとお湯に潜った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る