第3話 バブル飛び出す呪いにかかる
そうして晩ごはんのあと、部屋で大きな旅行かばんを、クローゼットから引っ張り出していた時だ。コホ、とせきが出た。奥のほうにあったし、ホコリでのどがイガイガしてきたのかな、と最初は思った。でも続けて、コホコホと何度も出て苦しくなった。
「どうしよ、吐きそう」
トイレに向かおうとしたけ間に合わず、廊下でオエとなった。でも出てきたのは、晩ごはんのエビフライでも海藻サラダでもなかった。
ふわふわとシャボン玉に似ているバブルが飛んでいる。すぐに弾けてなくなったけど、新たなバブルが次々出てきた。わたしの口から。コホ、コホ、と軽くすると、小さなバブルがいっぱい、ゴホッと腹から出すと、大きなバブルがひとつボヨンっと口から飛び出す。
「マ、ママーっ!!」
階段を下りていくあいだも、せきにあわせてバブルがジャンジャン飛び出す。リビングでスマホを見ていたママは、駆けこんできたわたしを見て、表情を引きつらせた。
「嘘でしょ、サンゴっ」
声が聞こえたんだろう、「どうしたっ」と大慌てのパパがわたしの後ろに立つ。その顔めがけて、ゴホッ。大きなバブルがパパの顔にぶつかって弾けた。
「そんな、まさかっ」
「セイレーンの呪いよ。どうして、いつの間に!」
どうやら二人はわたしのびっくり現象に心当たりがあるらしい。その様子を見て、わたしはホッとしたんだけど、ママは泣き出しそう、パパは「大変だ大変だ」とリビングを歩き回って落ち着きがなくなった。
「おかあさんたちに知らせなくちゃ」とママ。
「今年が向こうに行ける年でよかった」とパパ。
水晶玉に向かって走ったママと、テレビボードの引き出しを開けようとした(ここに転移チケットがしまってある)パパがぶつかる。「どいてどいて」と互いに押しのけ合ってすごいパニックだ。それを見ているわたしの口からは、コホコホと小さなバブルがたくさん飛び出していく。
「ねえ、これって何なの? コホ。病気?」
「呪いよ」ママが悲鳴みたいな声。
「セイレーンだ」パパはがちゃがちゃ引き出しを引っかき回している。
「セイレーンって人魚だっけ、ゴホ。……うわ、見て。すごい大きいのが出たよ」
バランスボールくらい大きいバブルに、両手を広げて面白がっていると、水晶玉の向こうと連絡がつながったらしい。ママが「大変なの、サンゴが呪われたのっ!」と叫ぶと、水晶玉が震えるほどの大きな悲鳴があがる。
『なんだってえぇぇぇ』
『孫が、孫がああああ!!!』
◇◇
「それじゃあ準備したらすぐそっちに行くから」
水晶玉の連絡を切るママ。わたしは明日の修了式を待たず、ウミウミ王国に今夜移動することになった。まあこんなバブルを吹き出している状態を地球人に見られるわけにはいかないものね。
どうやらわたしは「セイレーンの呪い」にかかってしまったらしい。発動までに時間がかかる呪いらしく、わたしは一度しかウミウミ王国に行ってないから、その時に種を植え付けられたんだろうって話だ。
この呪いの恐ろしいところは、口を開くたびにバブルが飛び出すようになり、やがてはバブルだけ出て言葉が話せなくなるそうだ。ママも十五歳の時、この呪いが始まった。パパと出会ったのは十八歳、だから、その時にはママはセイレーンの呪いの真っ只中にいて、声は小さく、バブルは大きく飛び出していたらしい。
セイレーンの呪いを解くためには、「あなたに恋する人の涙」で作られた真珠を海の魔法使いに捧げる必要があるらしく。その結果、ママに恋したパパの涙から出来た真珠を使ってその時は呪いを解いたらしい。真珠は今、ママの指輪になっている。
あれってプロポーズした時にもらったと聞いていたけど、まさかパパの涙が原料だったとは……、このエピソードを耳にして、うっかり「げっ」といったら、パパは「そんな引くなよ、ロマンチックじゃないか」とすねていた。
このセイレーンの呪いだけど、どうしてママがかかったかというと、それはおじいちゃんたちの恋愛物語が関係している。
『人魚姫』って話があるでしょ。ほぼ、それと同じだ。
当時王子だったおじいちゃんを助けた人魚が恋に破れてバブルになって消えた。それを嘆いた人魚の姉たちが、ママに呪いの種を植え付けた。ウミウミ王国では、人間に悪事を働く人魚をセイレーンと呼ぶのだとか。
ともかくも、呪いにかかった以上、わたしもママにとってのパパのような存在を見つけて、涙を流してもらう必要があるんだそうで。
ママの時は、呪いを解く海の魔法使いがどこにいるのかわからず、真珠を作る方法も知らなくてウミウミ王国中を旅して時間がかかったらしいけど、今回は目的地も解く方法もわかっているから、そこは安心らしいんだけど。
「わたしに恋する人って、パパやママじゃダメなんだよね?」
ただ「好き」とか「大切」とかじゃなく。
「恋愛」してないといけないんだとか。んげー、難しいよぅ。
「サンゴならすぐモテモテになるから」
「そうそう、どの子の涙を使うか迷うくらいだって」
はげましてくるパパとママ。でもなあ。わたし、地球では全然モテたことないよ? あっち行ったら地球人とのハーフってモテるの? ほんと?
「とりあえず移動しましょ、考えるのは向こうに着いてから」
荷造りしにリビングを出ようとしたママ。でも戸口で「ひゃっ」と声を上げる。
「あ、あら、スオウくん、いらっしゃい。……いつから?」
パキと音がしそうなくらい空気が凍った。スオウくんは「おじゃましてます」とパパのほうを見ながら頭を下げる。パパが「あっ!」と口をおおった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます