第31話 ケーキバイキング

メ:「うーん!あまぁーい・・・!!」


ここは,町のケーキ屋さん.ハジメ町で唯一ケーキバイキングができる場所だ.


丸テーブルを,メリー,トモシビ,青髪と蒼い瞳の少女の三人が囲んでいる.テーブルの真ん中にはシルバーケースが置かれていて,三人の前にあるそれぞれの皿には,5切れのケーキが所狭しと載っている.


メ:「んー!こんなに甘くてフワフワなケーキ食べたことない・・・!!」


苺のショートケーキを一口頬張り,とんがり帽子を揺らしながら,メリーは幸せそうに息を漏らした.


ト:「ほんとにうまそうに食べるよなぁメリー.・・・それにしても,ほんとに良かったのか?あの依頼引き受けて.」


メ:「いいの.もちろん危険なところはあるけど,その分メリットがあるしね.おかげでスラ8号さんと一緒に旅できるようになったし.パクッ.これで目的達成に一歩前進だよこれれ目的達成に一歩れんしんらよ.」


ス:「・・・ふん,勘違いするなよ.あくまで貴様らとはビジネスパートナーの関係であって,仲間ではないからな.」


青髪の少女─スラ8号は不機嫌そうにつぶやきながらブルーベリーケーキを頬張る.


ト:「はいはい.あいっかわらず愛想の悪い奴だな.」


ス:「ふん.何とでもいえらんろれろりえ.」


ト:(全然言えてねぇ.・・・にしても.『ゲット・ザ・トレジャー』か.)


トモシビは,皿にのった4切れのケーキをぼんやりと見つめながら,意識を頭の中に向けた.






──数時間前



メ:「げっと・ざ・とれじゃー?」


ミ:「ああ,『ゲット・ザ・トレジャー』とは,一週間後に港町クライルで行われる大富豪グヒグヒ=グッヒ主催のイベントのことで,クライル近海で発見された海底遺跡を探索できるという内容だ.このイベントに,私たちの代わりに参加してほしいんだ.」


ト:「なんでただの遺跡調査なんかに参加してほしいんだよ.」


ハ:「それはその遺跡が『パンゲアの宝物庫』である可能性が高いからです.」


ト:「パンゲアの宝物庫だって!?」


トモシビは驚愕する.


メ:「えっ,なに?ぱんげあの宝物庫って.」


ト:「知らねぇのかよメリー!パンゲアっていうのは大昔に滅びた国のことだよ.確か,大陸全土を支配してたっていう.それで,パンゲアの宝物庫っていうのは,数多くの魔道具が保管されていたとされる場所なんだ.」


メ:「えっ,魔道具がっ!?」


魔道具と聞いて,メリーも驚愕する.


ミ:「よく知ってるね.その通りだ.私たちは,魔道具を手に入れるため,反社会勢力に魔道具を渡さないため,このイベントに参加する予定だった.しかし,ここからクライルまでは,最短でも馬車で丸二日かかる.エントリーのことも考えると,奴隷商を捕まえてからではとてもじゃないが間に合わない.だから,私たちの代わりに君たちに参加してほしいんだ.もちろん,この遺跡探索は危険なものになると思う.イベントの参加には参加費以外の制限は特に設けられていないが,『個人もしくは団体でのCランク以上の魔物の討伐経験者が望ましい』と伝えられている.恐らく高確率で,Cランク相当,もしくはそれ以上の魔物と戦うことになるだろう.だから無理にとは言わない.だがもし,少しでも興味を持ったなら,ぜひ参加してほしい.もちろん,クライルまでの馬車はこちらで手配するし,参加費や旅費もすべて私たちが支払う.見つけた魔道具も半分は君たちの自由にしてくれて構わない.だからどうか,私たちの代わりに参加してくれないだろうか?」


ミラの切実な依頼.トモシビは顎に手を当てる.


ト:(『Cランク以上の魔物の討伐経験』ね・・・.俺もメリーも個人での討伐経験はあるが,AランクやSランクの魔物がでない保証はないから少々不安が残るな.ただ,メリーは普通の道具と魔道具を見分けることができるから,魔道具探しには俺たちに分がある.もともと港町には行く予定だったし,交通費が浮くことも考えると案外悪くないのかもしれない.)


ここでふと,トモシビの頭に一つの疑問が浮かんでくる.


ト:「・・・悪くない条件だが,どうやって参加費や旅費をあんたたちに請求するんだよ?先払いしてくれんのか?」


ミ:「いや,先払いではない.スラ8号を君たちに同行させるつもりだ.必要に応じて彼が払ってくれるだろう.」


その発言に,二人は動揺する.


ミ:「えっ?スラ8号さんが?」


ト:「なっ,なんでこいつと一緒に行かなきゃなんねぇんだよ.」


ミラは冷静に話を続ける.


ミ:「理由は三つある.一つ目は荷物持ちの役割だ.」


メ:「荷物持ち?」


ミ:「スラ8号.槍をしまってくれ.」


ス:「・・・御意.」


ミラの指示に従い,スラ8号は,手に持った槍の刃先を自身の胸の辺りに向ける.そして


ずぷっ


ト:「えっ!?」


槍を自らの胸に突き刺した.


スラ8号が普通の人間だと思っていたトモシビは度肝を抜かれる.


ぬぷぬぷぬぷ・・・


スラ8号は表情一つ変えずにどんどんと槍を自らの身体に入れていく.


・・・ぬぷ


そうして,最後に柄尻を押し込み,槍は完全にスラ8号の身体に消えるのだった.


メ:(すごっ・・・.)


ト:(まじかっ・・・.ってかどういう体の仕組みだよ.槍の長さ的にあり得ねぇだろ.)


ミ:「まぁこのように,スラ8号は身体に物を収納することができる.遺跡探索でも荷物持ちとして役に立つだろう.そして二つ目の役割.それは他の憲兵隊と話がしやすくなるというものだ.」


メ:「他の憲兵隊と?」


ミ:「ああ,実はわたし達以外にも4名の憲兵隊がイベントに派遣されることになっている.もちろん,私たちからも君たちのことを伝えるが,スラ8号がいることでより話が円滑になるはずだ.」


メ:(なるほど.確かに,スラ8号さんがいた方が安心ね.)


ミ:「そして,三つ目の役割.それは,メリーちゃん─君の魔女ばれを防ぐことだ.」


メ:「私の,魔女ばれを?」


ミ:「ああ,君たちも知っての通り,スラ8号は,物に薄い膜を張ることで色だけでなく,形も自在に変えられる.この能力を駆使して,君たちに変装してもらうことで,探索中に魔法を使っても,君たち自身が魔女だとばれることを防ぐことができる.もちろん,絶対にばれないことを保証するものではないが.」


ト:(そういえば,メリーの浴衣の色を一瞬で水色に変えてたな.・・・なるほど,確かに顔を仮面とかで隠しておいて,服装を瞬時に変えればばれなさそうだな.)


ミ:「また,スラ8号には君たちの旅の道中の人助けにも協力するように命令してある.君たちの人助けも幾分かやりやすくなるだろう.」


メ:「えっ,ほんとにっ!?それはすごい助かる!」


ミ:「ああ,もちろんだ.無論,スラ8号の能力で変えられるのは服装だから,顔を隠すものは自分で用意してもらう必要はあるけどね.・・・どうだろう,引き受けてくれないだろうか?」





───────────────────────────





カチャッ


フォークがお皿に軽く当たる.


ト:(あのあといくつか質問した後で,メリーは二つ返事で了承してたな.正直,メリーの決断は正しいと思う.人助けをやりやすくなるのは事実だし,憲兵隊に恩を売れるチャンスでもある.今後の活動のことを考えると引き受けるのが正解だろう.ただ─)


トモシビは斜め右でケーキを頬張っているスラ8号に目を向ける.


青髪,蒼眼,白い洋服.はたから見たら,人畜無害な可憐な少女にしか見えない.実際,スラ8号は俺たちと旅をするにあたって,同い年の姿である方が周りから自然に見えること,男よりも女の方がなめられやすく何かと都合がいいという理由で今の姿になっているそうだ.


トモシビは,「はぁっ」とため息をつく.


ト:(・・・やっぱ嫌なんだよなぁ.こいつと旅すんの.同い年くらいの女の子の姿に変わってるがやっぱりいけすかねぇ.仲間として信頼できねぇし.そもそもどういう生き物なんだよこいつは.)


ふと,トモシビの視線に気が付いたスラ8号.


ス:「ん?どうしたクズ.俺の顔に何かついてるのか?」


ト:(クズて・・・)


ト:「いや,別に.・・・あれ,メリーは?」


ス:「あいつなら皿のケーキが食べ終わったんで,おかわりをもらいに行ってるところだ.まったく食い意地のはった下品な野郎だな.」


冗談ではなく,心の底からそう思っているような態度で吐き捨てるスラ8号.トモシビはカチンとくる.


ト:「・・・おまえなぁ,一応これから一緒に行動するんだからその態度直したらどうだ?」


ス:「ふん,どんな態度を取ろうと俺の勝手だ.」


ト:「なんだよそれ.・・・大体,さっきから気になってんだけどよぉ.なんでその姿でも一人称『俺』なんだよ.」


ス:「ん?何が悪い.」


ト:「見た目にあってねぇだろ.乱暴な感じだし,いけすかねぇ.『私』か,100歩譲っても『僕』を使えよ.」


ス:「・・・それは一理あるな.」


ト:(おお,これは素直に聞くのかよ.)


ス:「いいだろう.一人称を『私』に変えてやる.・・・そうだなぁ,ついでに名前も変えるか.」


ト:「いや,べつ名前はいいだろ.」


つっこむトモシビ.スラ8号は至って真面目な表情だ.


ス:「いや,変える.一人称を変えるということは,新たな自分になるということだからな.」


ト:「なるほど.」


ト:(勢いで『なるほど』と言ってしまった・・・.)


ス:「ちょっと待ってろ,今考えるから.・・・うーん.」


スラ8号は,腕を組み,物思いにふけり始める.


ト:「・・・パクッ,もぐもぐ」


ト:(なんか,変な奴だな.こいつ.)


トモシビは,再びケーキを味わい始めた.


タッ・・・,タッ・・・


ス:「・・・よし,決まった.耳をかっぽじってよく聞いておけよ.私の新たな名は─


メ:「・・・ふぅ.トモシビ,ちょっと真ん中の食器どけてくれない?」


ト:「おおメリー,おかわり持ってきたのか.って─


ス:─『スーパーハイパーターコイズハイパーグレートバリアリーフ』だ.」


ト、メ:「「えっ?」」


衝撃.それは衝撃だった.


そのスラ8号の発言は,メリーの持ってきたケーキが5ホール積み重なったタワーへの衝撃をも上回る,まさに衝撃的な一言だった.


ス:「ふん,我ながらいい名前だろう.・・・って,なんだそれはっ!?」


自分の名前に酔っていたスラ8号は,メリーの持った皿に積まれた巨大なケーキタワーに度肝を抜かれる.


メ:「えっ?ああ,お店の人に大量のケーキ下さいって言ったらこうなった.」


ト,ス:(そうはならんだろ.)


そうして三人は,正気を取り戻した.


ト:「・・・あっ,すまん.今避けるわ.」


メ:「あっ,ありがとう.よいしょっと.」


シルバーケースを避けてもらったメリー,ようやく巨大なケーキタワーを置けて一安心する.


メ:「ふぅ,これすっごく重かったんだよねぇ.助かったぁー.・・・ところで,何の話してたの?」


ト:「あっ,いや,スラ8号に『一人称変えたら?』って話したら,ついでに名前も変えるってなってさ.それで─」


ス:「めでたく,『スーパーハイパーターコイズハイパーグレートバリアリーフ』という名前に変わったのだ.これから私のことを呼ぶときはそう呼んでくれ.」


メ:「・・・」


ト:「・・・」


何とも言えない静寂が,三人を包みこむ.


メ:「・・・うーん,申し訳ないんだけど.ちょっと呼びにくいから,略して『タコちゃん』って呼んでもいい?」


ト:「いやメリー,それは流石に─


ス:「まぁいいだろう.」


ト:(いいんだ・・・.)


メ:「それじゃ,これからよろしくね.タコちゃん.」


タ:「・・・ああ.」


心なしか,嬉しそうな返事をするタコちゃん.


こうして三人は,ケーキバイキングを,引き続き楽しむのであった.

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