第29話 次の朝

チュンチュンチュン・・・


窓辺にやってきた小鳥のつがいが,可愛らしい声で鳴いている.


メリーは,その声につられて目を覚ますと,薄い掛け布団をめくってゆっくりと上体を起こし,「うーん」と背伸びをした.


メ:「・・・おはよう小鳥さん今日もいい天気ね.」


寝ぼけ眼をこすりながら,挨拶するメリー.


小鳥たちはそんなメリーに挨拶を返すように,ひとしきりさえずると,そのままどこかへ飛び去って行く.


メリーは,その様子を見て思わず微笑んだ.


メ:「・・・そうだ.トモシビにも挨拶してこようっと.」


そうしてメリーはさっさとベットから降り立ち,自室を出ていくのだった.



─────



コンコンコンッ


バタ,バタバタッ・・・


トモシビの部屋の扉をノックすると,中から何やら慌ただしい物音がする.


メリーは何事だろうと思いつつ,物音が止むのを待ってから口を開いた.


メ:「おはようトモシビ.入ってもいい?」


ト:「・・・ああ,いいぜ.」


メ:「おじゃましまーす.」


トモシビの了承を得て,メリーは恐る恐る扉を開ける.


ト:「おはようメリー,起きてたんだな.」


そこで待っていたのは,机の上に片手を置き,窓の朝日を背にしているトモシビだった.何事もなかったかのように平静を保っている彼だが,逆光のせいで額を汗が伝っているのが見える.


メ:「うん.今さっき起きたの.・・・トモシビすっごい汗かいてない?」


ト:「まぁ,ちょっとな.・・・もしかして,隣の部屋に響いてたか?」


メ:「ううん.何の音も聞こえなかったよ.ここにはただトモシビに挨拶してこようと思ってきたの.」


ト:「ああ,そうだったのか.そりゃあ良かった.」


トモシビは「ふぅっ」と息を吐き,そのままベッドに歩いて行って,腰を下ろした.


トモシビの机には,ウエストポーチの他に,ナイフが2本置いてある.ここでピンと来たメリー.


メ:(そういえば,昨日も路地裏でナイフ持って何かやってたっけ?・・・ナイフを持って汗だくになるまでやることっていったら─)


メ:「もしかして,訓練してたの?」


メリーはズバリ,言い当てた.


ト:「ああ,いや,・・・まぁそうだな.一応.」


歯切れが悪いトモシビ.


メ:「へぇー,そうだったんだ.すごいねトモシビ.」


そんな彼に対して,メリーは素直に感心する.


ト:「いや,別にすごくなんかないさ.ただ日課で続けているだけだ.」


メ:「いやいや,日課で続けているからこそ凄いことだと思うけど.」


ト:「俺にとってはそんなすごくないことなんだよ.」


そういいつつ,ベットに「ふぅっ・・・」と背中を預けた.


メ:「・・・ふーん,そうなんだ.変なの.」


メリーは,トモシビの言動を不思議に思いながら,おもむろに机のそばの椅子まで足を運び,腰を下ろす.


メ:(それにしても,訓練かぁ.・・・私も魔法の訓練始めようかな.空中戦とかまだ自信ないし.スラ8号さんとの戦いでも,自分の使える魔法をきちんと整理してればもっと楽に戦うことができたかもしれないわけだし.・・・よし!明日にでも早起きして,夜中に訓練始めよっか.暗視を使えば夜でも活動できるし,夜なら屋外でも人に見られる心配はなさそうだしね.)


ト:「・・・おいしょっと.」


ふいにトモシビが起き上がった.


ト:「さてと,そんじゃ,少し早いけどそろそろ外行くか.朝ごはんでも食いに.」


メ:「あっ,うん.そうだね!行こっか,トモシビ!」


そうして二人は,朝ごはんを食べに,部屋を後にすることを決めるのであった.







─────────────────────






タッ,タッ,タッ・・・


身支度を済ませ,階段を降りていく二人.


ト:「それにしても,昨日の食いっぷりには驚いたぜ.10人前をぺろりと平らげる人初めて見た.」


メ:「へへっ,まぁね.なんか昨晩は特にお腹すいちゃってて.・・・ごめんね.やっぱりちょっと迷惑だった?」


ト:「いや,全然そんなことねぇよ.逆に見ていて清々しかったぜ.食べ方が汚いわけでもないからな.・・・ただまぁ,もうちょっと抑えてくれたら,金銭的には助かる.」


メ:「うっ,そうだよね.気を付けます.」


やんわりと釘を刺され,しょんぼりするメリー.


女将:「あらっ,おはよう.あんたたち.」


そんな彼らに,下のカウンターにいた女将さんが声を掛けてきた.朝だというのに実に元気のいい声である.


メ:「おはようございます.」ト:「おはようございます.」


二人は女将さんに挨拶を返す.すると,そのときようやく,二人はカウンターの前に一人の男がいることに気が付いた.


女将:「ちょうどいい所で降りてきたねぇ.あんたたちにお客さんだよ.」


その男は,赤服に黒のギャリソンキャップを身にまとい,右手には槍を持っている.この町の門番と同じ格好だ.恐らく兵隊さんなのであろう.メリー達に用があるということは,山賊の件だろうか?


そんなことを考えていた二人であったが,「やっときたか.」という声と共に,こちらを向いたその男の顔を見て,その考えは吹き飛んだ.


その男の顔に見覚えがあったからである.彫が深く,不愛想なその顔に.路地裏で,メリー達と別れた時と同じ姿のその人物に.


メ:(・・・スラ,8号さん?)





──────────────





ト:「なぁ,いったいどこまで行くんだ.」


ス:「・・・.」


現在,メリーとトモシビは,スラ8号に連れられ,町の中を歩いていた.

何でも,話があるからついてこいと言うのだ.


門番たちに従い,一次宿泊施設として「宿屋かまど」に泊っている立場であるメリー達は,女将さんの手前,衛兵姿の彼に従うよりほかなかった.加えて,昨日の話から,要件はピンクの浴衣の受け渡しのことだろうと考えたため,彼に素直について行っている状況である.


ト:「おい.無視かよ.」


ス:「・・・だまって俺についてこい.」


ト:(ちっ,ほんっと嫌な奴だな!こいつ.)


トモシビは心の中で悪態をつきながら,しぶしぶスラ8号について行く.


ト:(・・・っていうか,ほんと何者なんだよこいつ.町役所の関係者なのか?それなら,メリーがお構いなしに目の前で魔法使ってたのが腑に落ちねぇんだが.メリーにも,俺が昨日「これ以上は何も聞かない」って言っちまった手前質問しづらいし.ほんと嫌になってくるぜ.)


そんなふうに不満を抱きつつ,トモシビはメリーの方を見る.メリーは,彼とは対照的に,目をキラキラさせながら,行き交う人々や周りの景色を見ていた.


メ:「うわー,あそこにランニングしてる人がいるよ!あそこには犬の散歩してる人がいる!わたし,ちゃんと犬見るの初めてかも.あっ,あそこで話してる人達・・・屋台の人と,相手は行商人さん?かなぁ.・・・あっ,野菜手渡ししてる!仕入れの交渉でもしてたのかなぁ.お店の人もちゃんと買い物してるんだね.感動だわ.・・・はぁー,早朝の景色も面白いね!トモシビ!」


ト:「ああ,まぁ,そうだな.」


ト:(こいつ.俺の気も知らないで町の景色を満喫しやがって.毒気抜かれるじゃねぇか.・・・はぁ,まぁいいか.メリーがこんだけ周りの景色を楽しめてるってことは,それだけメリーが目の前の奴を信頼してるってことだからな.もう余計に詮索しようとすんのはやめよう.いくら考えても答えは分かんねぇわけだし.)


そんな風に,トモシビは頭の後ろで両手を組みながら,心を切り替えるのだった.



─────────────



メ:「わぁっ!見てみてトモシビっ!」


ト:「ん?どうした?」


メ:「ほらあの建物!すっごい豪華じゃないっ!あれも家なの?」


メリーの指さす方向に目をやるトモシビ.その先にあったのは,二階建ての広々とした豪邸であった.門があり,庭もある中世ヨーロッパ風の荘厳なその屋敷は,小さめのブロワ城といっても差し支えないほどだ.


ト:「ああ,家だと思うぜ.かなり豪華だから,この町の金持ちの屋敷か貴族の別荘かだろうな.」


メ:「へぇー,すごいね.トモシビ.・・・あれ?なんだかよく見ると,ケーキに似てない?」


ト:「ケーキ?・・・ああ,まぁ,言われてみれば確かに.ケーキに見えなくもないな.」


メ:「そうだよね.・・・ああー,なんだか,無性にケーキ食べたくなってきちゃった.」


ト:「そうだなぁ.・・・よし,そんじゃあ今日の昼にでもケーキバイキング行くか.」


メ:「えっ!ほんとにっ!?さすがトモシビ,太っ腹!!」


ト:「フッ,よせよせそんなに褒めるのは.」


メ:「ところでケーキバイキングって何?」


ガクッ


ト:「知らねぇで喜んでたのかよ・・・.」


そんなたわいもない会話をしながら,三人は豪邸に近づいていく.


その建物は三人が近づいていくほどに,荘厳さ,優雅さが際立っていくようだった.


そうして,その豪邸の門前に差し掛かったところで,スラ8号はふいにまわれ左をし,そのままその門をくぐっていく.


その行動に,メリーは仰天する.


メ:「えっ,ここに入るの!?」


ス:「・・・さっきも言ったろう黙ってついてこいと.」


スラ8号は,相変わらずぶっきらぼうにそう答え,黙々と歩いていった.


メ:「・・・.」


メ:(まじか.神じゃん!)


そんな彼に従って,メリーは感激しながら,トモシビは若干警戒しながら,豪邸へと足を踏み入れていくのであった.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る