第28話 ある海での出来事
──これは,今から数週間前の出来事である.
ナンダルシア東岸の港町─クライルの近海、コバルトブルーの海原に,ポツンと一隻,大きなガレオン船が浮かんでいた.
灰色の鼠の船首像が取り付けられたその船は,この国の大富豪─グヒグヒ=グッヒの船である.
そして,そんな船の左舷から,一人の男が,潮風に吹かれながら,今まさに海の中に飛び込もうとしていた.
「いいですか?坊ちゃん.今回はあくまでそのスーツの試用が目的なんですからね.」
「分かってるって.そんじゃ行ってくるぜ.」
背後でたたずんでる黒スーツの女性に釘を刺される,グヒグヒ=グッヒの長男─グッヒjr.
彼が身に着けているのは,ゴーグルとシュノーケル,そしてフィンのついたダイバースーツ.どれも,これまでこの世界にはなかったもの,グヒグヒ=グッヒの会社が開発した新製品だ.
執事:「あっ,あと,この船に取り付けられている魔道具『魔よけの石』の効果範囲は30メートルです.それ以上この船から離れれば海の魔物に襲われる危険性がありますから,注意してくださいよ!」
グ:「へいへい.・・・もう,心配性だな執事ちゃんは.命綱つけていくんだからそもそも一定以上は離れらんねぇし,そんな心配しなくて大丈夫だって.」
腰に括り付けた紐をポンポンとしながら答えるグッヒjr.その紐の先は船上でとぐろを巻いており,一本の帆柱と繋がっている.全長30メートルそこらの長さの細長い,しかし,強靭な紐だ.
執事:「そ,そうは言いますが─
グ:「へいへい分かりましたよ,そんじゃ行ってきます!」
ドボンッ!ブクブクブクッ
そうして,彼は執事の話が終わらないうちには海の中にダイブする.
執事:「あっ,まだ話は・・・.はぁ・・・・,本当にしょうがないお人なんだから.」
執事はため息をつきながら,海の奥に消えゆく人影を心配そうに眺めるのだった.
────────────────────────────────────
グ:(・・・すっげぇー.)
海の中にダイブした彼は,目の前の光景にすぐさま感嘆する.
海の中が鮮明に見えるのだ.泳ぐ小魚の群れ.海底の岩陰からこちらの様子をうかがうイカタコ(足10本の白いタコ).ユラユラと揺れ動く海藻や,美しいサンゴ礁の数々.
まさに絶景,絶景なのである.
グ:(・・・よし,そんじゃもっと潜ってみるか!)
目の前の光景をひとしきり楽しんだ後,グッヒjrは滑らかに身体を動かしながら,意気揚々とさらに深く,潜っていく.
グ:(すげぇ.本当に軽い.そして,泳ぎやすい.さすがは親父の会社の新製品!これさえあれば海の探索が飛躍的に進むこと間違いなしだな!いやぁー,無理言って試用させてくれって頼んだ甲斐があったぜ!)
そんなことを考えながら,グッヒjrは海底へと降り立つ.
海底のゴツゴツした岩にはフジツボやカメノテ,ウニの仲間がはりついており,岩陰には小魚が身を隠し,砂床では小さな蟹が必死に走っている.
グ:(すげぇ,これが海底.こんなまじまじと見るのは初めてだぜ.よーし,もっと奥へ!)
そうして,グッヒjrはグングンと海底を歩くように進んでいく,進んで,進んで,進んで・・・
ググッ
グ:(うっ,紐に引っ張られた.ここまでが限界か.・・・仕方ない,この感動を執事ちゃんに伝えに一旦船まで戻るか.しかし,いいもん見れたなぁ.ただ,せっかくなら,海底の小さな動物だけじゃなくって,海で泳ぐ魔物も見たかったなぁ.)
そんなことを思いながら,グッヒjrは船へと戻ろうと海底で方向転換をする.・・・と,そのとき,
グ:(ん?なんだあれ.)
グッヒjrは目の端に気になるモノを捉えた.
それは,砂の中からひょこっと突き出ている塊だった.ぱっと見ただの石だが,よく見ると質感が明らかに回りのモノと違う.黒くて形がしっかりしているのだ.明らかに人工的な何か.それが,海底の砂床に埋まっているのだ.
グッヒjrはそれに気づいた瞬間,紐に引っ張られないように気を付けつつ,己の好奇心に任せてその石へと近づいていく.
ズズズッ・・・
グ:(石板?目立ったひび割れはないけど,ところどころに傷がある.かなり昔のやつっぽいな.)
砂の中から案外簡単に引っこ抜けたそれは,漆黒の石で出来た円盤であった.ぎりぎり脇に抱えて持って帰れるくらいのサイズだ.かなり大きい.
グ:(・・・ん?)
石板の真ん中に文様があることに気づいたグッヒjr.手のひらでこすり,表面の砂を払って確かめる.・・・太陽の紋章だ.
グ:(このマーク.・・・どっかで見たことあるような.どこだったっけなぁ.)
悶々としつつ,ひっくり返して裏面も見るグッヒjr.
グ:(ん?この面には突起がある.・・・ボタンかなぁ.ちょっと押し込んでみよう.)
思ったらすぐに行動してみるタイプのグッヒjr.胸と左手で石板をしっかりと固定し,ダメ元で突起を押し込んでみる.
・・・カチッ
気持のよい感触と共に,押し込むことに成功した.
グ:「・・・.」
グ:(おお,マジで押し込めちゃった.変化は・・・特になさそうだな.ただ押し込めるだけか.・・・ふーん.これ以上何か出来そうもないし,とりあえず持ち返って調べさせてみるか.太陽のマークも気になるしな.・・・いやー,これで歴史的な遺産とかだったらどうしよう.考古学の歴史に,俺の名前が刻まれるかもしれないなぁ.・・・うわぁーそう考えると興奮してきたぁ!ほんっとついてるぜ今日の俺っ!)
妄想を膨らませながら,グッヒjrは船へ向かって斜め前に泳ぎ始める.と,その時,
ズズズズズズズズズ・・・
グ:(ん?振動?気のせいか?)
ワクワクが一転.
海底が揺れているような気がして立ちどまり,五感を研ぎ澄ませるグッヒjr.
ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ
海中でも確かに聞こえてくる重低音.揺れと音は,時が経つごとに次第に大きくなっていき,気のせいだと自分に言い聞かせることが出来なくなっていく.
グ:(これ・・・気のせいじゃない.明らかに揺れてる!まずい!地震か!?いや─)
ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ!!
グ:(この感じ,何か,砂の中からっ!!)
ズズズズズズズズッ!!!!
振り返ったグッヒjr.
それは,彼からは少し離れた,しかし,容易に視認できるところから姿を現していった.
ズズズズズズズズズズズズズズズズッ!!!!!
海底の砂を押し分けながら,その重く,巨大なものは,何か巨大な力で下から押し上げられているかのように,砂の中から徐々に姿を現していく.
小魚たちは逃げていく.蟹も必死に逃げていく.
1メートル,5メートル,10メートル・・・
止まる気配もなく,砂を押し分け,海底に姿を露にしていくその巨大な建造物をグッヒjrは固唾を飲んで見守っている.
ズズズズズズッ・・・
やがて,地震のような振動と,重い重低音が収まった.
海底の砂の中から姿を現した20メートルもの大きさの巨大な建造物を目の前にしたグッヒjr.その巨大なモノの全容を見て,彼の頭に浮かんできたのは,たった一つの言葉だった.
グ:(ピラミッ・・・ド?)
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