第27話 約束
─
淡い緑色の光が,胡坐をかいているトモシビの右腕を,メリーの両手越しに包み込む.
メ:「ごめんねトモシビ.まさかこんなところで会えるとは思ってなくって嬉しくって.」
ト:「いいよ全然.俺も驚きすぎたところあるしな.」
現在,トモシビは路地裏の塀にもたれながら,メリーに右腕の擦り傷を直してもらっている。
メリーに声を掛けられ,びっくりしてズッコケた拍子に大きな擦り傷ができたのだ.かなり盛大にこけたせいか,袖をまくり上げられた腕から見える傷口はグロテスクで痛々しい.
ト:「ふぅ.・・・しっかし,メリーと路地裏で再開できるとはなぁ.その浴衣どうしたんだ?服屋で借りたのか?」
メ:「あっ,うん.そうだよ.」
ト:「へぇー.自分で選んだのか?」
メ:「いや,叔母さん達に選んでもらったの.」
ト:「おばさんたち?」
メ:「ほら,トモシビと一緒にいたときに声を掛けた叔母さん達がいたでしょ?」
ト:「声を掛けた・・・ああー!そうだったそうだった.なるほどね.その叔母さん達に選んでもらったのか.」
メ:「そう.」
ト:「へぇー,・・・めちゃくちゃ似合ってんな.」
メ:「へへっ,そうかなぁ・・・.」
トモシビに褒められ,にへらと笑うメリー.
そんなメリーの様子を見て,トモシビは「フッ」と自然と口角があげ,顔を正面に向ける.と,そのときようやくトモシビは、少し離れたところで突っ立っている筋肉質の男の存在に気が付いた.
その男は,メリーが来た方向,トモシビが来た方向からみて左側へと続く道の入口で,塀にもたれながら,こちらをじっと見つめている.
ト:(やばっ!!人に見られて・・・って,ちょっと待てよ.そういえば,声かけられた時メリーの隣にいたっけか?じゃあ,メリーはあの人がいることが分かってて魔法を使ってるわけだ.・・・えっ?どういう関係なんだ,メリーと.)
メ:「・・・よし,これで大丈夫だと思う.」
ト:「あああ,ありがとなメリー.」
意識外から言葉を掛けられ,動揺しながら返事をするトモシビ.心を落ち着かせ,袖を降ろしながらその場に「よいしょ」と立ち上がる.そして,
ト:「・・・ところで,さっきからずっと気になってんだけど,あの方どなた?」
と,意を決して,こちらの様子をずっと見ている男に手のひらを上にして向けながら,メリーに尋ねるのだった.
メ:「えっ?あっ!すっかり忘れてた!紹介しなきゃだよね.ええっと,あの人はスラぁ・・・」
名前を言いそうになったところで,メリーはハクチョウの言葉を思い出す.
─僕から聞いた話は内密にお願いします.一応僕たち,潜入捜査という形でこの町にいるんで─
メ:(あっ,そういえば潜入捜査してるんだった.名前とかも言っちゃまずいよね.やっぱり.)
メ:「・・・いや,えっとぉ・・・ごめんねトモシビ.詳しく話せないことになってて.」
口ごもりながら,申し訳なさそうな表情をするメリー.
ト:(詳しく話せない・・・か.なるほどな.よく考えりゃあ,メリーが気にせずに魔法を使ってる時点で,一般人ってわけじゃなさそうだもんな.大方,魔女の関係者か何かで部外者には素性を隠してるんだろう.・・・そりゃ確かにおいそれとは話せないわ.)
ト:「おけ,わかった.これ以上は何も聞かない.」
メ:「ごめんね.ありがとう.トモシビ.」
トモシビの言葉にほっとするメリー.
ス:「・・・賢明だな.」
そのとき,ようやくスラ8号が口を開くのだった.
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タッ,タッ,タッ・・・
20代~30代の筋肉質の男・・・の形をしているスラ8号は,メリーがお礼を言うと同時に歩き出す.そうして,メリーの前まで来ると,彼女に向かって握りこぶしを出した.
ス:「これ,忘れ物だ.」
メ:「えっ・・・あっ,それって・・・!!」
メリーは彼の手に握られている物を確認して驚愕する.
その手に握られていたのは、長方形の黒の下地に白の幾何学模様の書かれたお守り.母のアリシアに渡されたお守りだったからだ.
メ::「お守りっ!落としてたんだ.全然気づかなかった.ほんとにありがとう!」
ス:「・・・.」
心の底から感謝の言葉を述べるメリーに顔色一つ変えず,メリーの両手にお守りを落とす.
ス:「それと,浴衣の色も変えておいた.」
メ:「えっ,浴衣の色?」
スラ8号の言葉を受けて,顔を下に向けるメリー.そうして,自身の浴衣を視界に入れたメリーは,またもや驚愕する.
メ:「ほんとだっ!!水色になってる!」
そう,さっきまでピンク色だったメリーの浴衣は,いつの間にかきれいな水色に変わっていたのだ.桜の模様は変わっていない.色だけが変わっている.
ト:「えっ?・・・ガチじゃん!?すごっ!?えっ,すごっ!!」
トモシビも,少し目を放している隙に色が変わったメリーの浴衣を見て,目を丸くする.
メ:(・・・あっ,そういえばスラ8号さん,着物を直してたときに全体をコーティングしてたよね.そっか,多分そのおかげで色だけ変えてもらえることができたんだ.)
メ:「でも,どうして色を・・・.」
ス:「猫を助けた時と同じ色の浴衣は目立つだろう.」
メ:「えっ.・・・あっ,そっか.確かにそうだね.完全に盲点だった.」
メリーは心の中で反省する.
ス:「桜色の浴衣に関しては,同じ物を明日までに用意する.服屋に返すときはそれを返せ.」
メ:「うん,分かった.ありがとう,服のこと気遣ってくれて.」
ス:「・・・勘違いするなよ.俺は
メ:「うん.・・・それでも,嬉しい.」
視線を下にしながら微笑むメリー.そんな彼女の様子を見て,スラ8号は不機嫌そうな表情になる.
ス:「・・・ふん.おい,男.」
ト:「えっ,俺のことか?」
急に男呼ばわりで話しかけられ,びっくりするトモシビ.
ス:「貴様,大通りまでの道は分かるんだよな?」
ト:(なんか当たり強くね?この人.)
ト:「・・・ああ,まぁ分かるぜ.大通りからここに来たからな.」
ス:「そうか.それなら俺の任務はここまでだな.そうだろう?」
メリーの顔を見ながら,尋ねるスラ8号.
メ:「うん,そっか.そうだね.・・・いろいろとお世話してくれてありがとう.」
ス:「・・・お礼を言うのはやめろと言ったはずだ.」
不機嫌そうにそういうと,スラ8号は踵を返す.そして,
ス:「それじゃあな.」
と,来た道を歩いていくのだっ─
ピタッ
ス:「そういえば・・・.男,俺は一つ貴様に聞きたいことがあった.」
ト:「ん?なんだ.」
振り返るスラ8号.トモシビを真っすぐ見つめる.
ス:「貴様はどうして,魔女と行動を共にしているんだ?」
予想外の質問に,トモシビは一瞬うっとなる.
ト:「どうしてって,そりゃあ・・・.一緒にいると面白そうだと思ったから,かな?」
ス:「・・・そうか.・・・フッ,クズだな.安心した.」
そうして口角をあげながら,今度こそ,スラ8号は路地裏の奥へと消えていくのだった.
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ト:「・・・」
ト:(かんじわっっっる!!)
ト:「メリーお前,大変だったんだな.」
メ:「まぁ・・・そうかもね.」
ト:「はぁ.・・・まぁいっか.そんじゃ行くぞメリー.」
メ:「うん,そうだね.宿屋に帰らないと.」
ト:「はっ,何言ってんだ?」
メ:「えっ?」
トモシビの反応に,メリーは思わずキョトンとする.
ト:「・・・飯食いに行くんだよ.約束しただろうが.」
前を向きながら,ぶっきらぼうに言うトモシビ.
メ:「・・・そっか,そうだったね.」
そんなトモシビの横顔を見て,心が温まっていくメリー.
メ:「・・・それじゃ,食べに行こっか!晩御飯!」
町全体が,徐々に優しいオレンジ色に包まれていく.
こうして,トモシビは頭の後ろで両手を組み,口に笑みを浮かべながら,メリーは軽快な足取りで,約束通り二人で一緒に晩御飯を食べに行くのであった.
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