第24話 焼き鳥と猫

トモシビは再び立ち止まっていた.手に持った焼き鳥を見ながら,あまりのショックに立ちすくんでいた.


ト:(落ち着け!落ち着くんだ俺!まずは一旦食べてそれから,ってあぶねぇ!何てことしようとしてんだ俺はぁ!危うく口に入れるところだったぞ!・・・はぁーしっかし改めて見ると,なんてうまそうな見た目なんだ.タレが照り輝いてやがる・・・!!)


ト:「・・・」


濃厚な香りと美しい照り加減,串と見た目から伝わってくる暖かさに中(あ)てられ,トモシビの手は無意識に口の方へと焼き鳥をいざなっていく.


そして,口に入る寸前のところで,トモシビは再び我に返った.


ト:(はっ!?いかんいかん.無意識に口に近づけていた.これ以上,見つめているのはまずいな.一旦目をつむり,状況を整理しよう.・・・ふぅ,そもそも俺が焼き鳥を食べることを拒む理由.それは,メリーと晩飯を食う約束をしたからだ.あと,一、二時間もすれば,夕食の時間になる.だから俺は何も食わないと決めた.でも,焼き鳥一本くらいなら別にいいから食べよう.いただきまぁじゃなくてっ!・・・確かに焼鳥一本くらいなら晩飯に支障はきたさないだろう.だが,俺が心の中で何も食わないようにしようと決めた以上,ここで焼き鳥を喰ってしまえば自分の意思を曲げたことになってしまう.でもこんな美味しそうな匂いを嗅がされてるんだ.我慢できなくても仕方ないさ,いただきまぁじゃなくて!・・・自分の意思を曲げることは,それ乃ち楽な道を選ぶこと.これを許してしまえば俺はどんどん自分に甘くなっていって最終的に努力のできない人間になってしまうだろう.そうでなくとも!ここで焼き鳥を喰ってしまえば,今よりかは努力できない自分になることは目に見えている.メリーの足手まといにならないためにも,メリーの旅に気持ちよくついて行くためにも,俺は今以上の自分であり続ける必要があるんだ.つまり!俺が今持っている焼き鳥は悪!俺のよこしまな欲求の象徴なんだ!だから!)


カッ


意思を固めたトモシビ.


クワッと目を見開き,焼き鳥をにらみつけ,焼き鳥を持った右手を大きく振り上げる.そして,


ト:(この焼き鳥はっ!今っ!ここでっ!地面に叩きつけてやるりたくないやっぱ無理いただき─


「にゃー!!」


口に放り込もうとした瞬間,前方から突然白猫が飛び掛かって来た.


ト:「うおっ!?」


思いがけない出来事に,トモシビはたまらず両手を広げ,その猫を胸の位置で迎え入れる.


ガシッ


ト:「あっぶねぇ,何で猫が急に─


─ペチャッ


ト:「あっ・・・.」


その瞬間,トモシビは絶望した.






─────────────────







「何してるんだよミーニャァ!」


ミーニャの飼い主の少年─キットは,急に走り出し,挙句の果てに見知らぬ人に飛び掛かったミーニャを叱りつつ,トモシビに向かって駆け寄る.


ト:(お,俺の・・・焼き鳥・・・)


トモシビは,そんな少年には目もくれず,目に涙を浮かべながら落ちた焼き鳥をじっと見つめていた.


キ:「はぁはぁ・・・ご,ごめんなさい!その猫,僕の猫で,いつもはそんな風に急に人に飛びついたりはしないんだけど・・・


キ:(って,あれ?聞いてない?っていうか目ぇ潤んでる?なんで?猫アレルギーとかかな.いや,それならすぐミーニャを放すだろうし.)


普通じゃない様子のトモシビを見て,訝しがりながら彼の視線に従い,目を降ろす.そこには,地面に落ちている焼き鳥があった.


キ:「あっ!?もしかしてその焼鳥,あなたのですか!?」


ト:「ああ,そうだな・・・.」


トモシビは涙がこぼれないようにこらえながら,喉から声を絞り出す.


キ:「も,もしかしてミーニャが飛び掛かって落としちゃったんですか!?ご,ごめんなさい!すぐに弁償します!ええっと,ええっと・・・」


肩から下げたショルダーバックをまさぐり,財布を出そうとするキット.


ト:「いや,いいんだ.気にしなくて.」


キ:「えっ,でも・・・」


ト:「いや,本当にいいんだ.むしろ,ありがとう.」


そんな少年に,トモシビは目に涙を浮かべながら微笑みかける.


ト:(・・・そうだ,この猫が俺に飛び掛かってきたおかげで,俺は自分を曲げずに済んだんだ.こいつらに感謝こそすれ,怒りの感情なんて湧くわけがない.・・・でも,正直,焼き鳥食いたかったなぁ・・・.)


トモシビは目の涙を腕で拭いつつ,回想する.


キ:「は,はぁ・・・.」


キ:(・・・なぜお礼?)


トモシビのそんな事情を知らないキットは,そんなトモシビの言動にひたすら戸惑うのだった.と・・・


「ニャグッ・・・」


ト:「おおっ」


そのとき,突然白猫が体を捻りだし,トモシビはたまらず手を放す.


白猫はそのまま地面に着地すると,その場で方向転換する.そして,落ちている焼き鳥の目の前に行くと,お腹が空いていたのか無我夢中で食べ始めた.


「ガツッガツッ」


キ:「おいミーニャ」


ト:「いや,いいんだ.このままにするより,食べてもらった方が気が楽だしな.」


トモシビはそういうと,その場にしゃがんで焼き鳥を夢中で食べているミーニャを見つめる.


ト:「うまいか,白猫.」


「にゃっ」


ト:「そうかそうか.・・・俺の分まで味わえよ?」


キ:「・・・あのぉ,本当に何もしなくて大丈夫ですか?」


ト:「ああ,大丈夫だ.本当に気にしないでくれ.・・・あっ,いや待って,そういえば聞きたいこと一つあったわ.」


そういうと,トモシビはその場に立ち上がり,少年の方に向き直った.


ト:「実は俺,いま路地裏を探してて,できればあんまり人が通らない場所に行きたいんだ.案内してもらえると助かるんだけど・・・」


そのお願いは,路地裏で素振りをすることを考えていたトモシビにとって,路地裏探しの途中でまた同じような屋台に出くわしたときの保険として,そして路地裏探しの手間を省こうという思いから出た何気ないお願いだった.


キ:「・・・あんまり人が通らなそうな路地裏ですか?」


しかし,そのお願いはキットの心の中にポツンとあった初対面の人への不信感をより一層かきたてた.


キ:(人が通らない路地裏?なんでそんな場所に行きたいんだろう?そんな場所に用があるってことは人に見られたくないことをするためだよね?・・・あれっ?もしかして─)


キ:(─この人,人さらいなのでは?)


ト:「うん,人が通らなさそうな路地裏.できれば案内してほしいんだけどぉ・・・」


ト:(って,あれ?聞いてる?)


急にトモシビの声に全く反応を示さなくなったキット.


彼は既に,自分の世界に入り込んでいた.


キ:(・・・そうだ,人攫いだ.そうとしか考えられない!だって,人気のない場所に案内させようとするなんて普通じゃないもん!カタギのすることじゃない!)


ト:「あのぉ」


キ:(魔女が犯人だとか言われてたけど,僕のミーニャを助けてくれたあの魔女仮面がそんなことするはずないし,目の前のこの人の方がよっぽど犯人っぽい!よく見たら小汚いし,目つきも鋭いし,いかにも犯罪でおまんま食ってますって感じだ!・・・待てよ?そっか!さっきの「ありがとう」っていった意味もわかったぞ!)


ト:「おーい」


キ:(「わざわざ攫いやすそうなガキがそっちから来てくれてありがとう」って意味だったんだ!すごい,そう考えれば今までの行動すべてが納得できる!今目の前にいるこの人,この人が人さらいの犯人なんだ!大変だ.早く,早く衛兵さんに知らせないと─


ト:「─大丈夫か?」


キ:「えっ!?ああ,はい.」


ここに来て,ようやくトモシビの声がキットの耳の届いた.


ト:「おお,やっと反応してくれた.急に黙り込んじゃうから心配したんだぜ?どうかしたのか?」


キ:「えっ,いや,えっと・・・」


キ:(まずい!探られてる!上手い言い訳を考えないと!ええと,ええっとぉ・・・)


キ:「・・・ちょっとそのぉ,体調が悪くなっちゃってぇ・・・」


キットはそう言いながら,そぉーっとトモシビの顔色をうかがう.


そんなキットに対してとったトモシビの反応は,


ト:「・・・そうなのか.そりゃまずいな.どっか日陰で休むか?」


キットの予想に反する,優しい反応だった.その反応にキットは動揺する.


キ:「あっ,えっとぉ・・・」


キ:(・・・あれっ?この人,ほんとに心配してくれてる?・・・いや,だめだ.だまされるな.きっと今までもこうやっていい人を装って人を攫ってきたんだ.僕は絶対,だまされ─)


「─にゃー.」


とそのとき,突然ミーニャが満足そうな声をあげる.足元には焼き鳥のくしだけが転がっていた.


ト:「ん?おおっ,なんだ.焼き鳥食い終わったのか.」


「にゃー.」


ミーニャはトモシビの問いに猫なで声で返すと,すぐさまトモシビに近づき,頭を足にこすりつけ始める.


ト:「あっ,おい.焼き鳥くったばっかの頭をこすりつけんじゃねぇよ.タレ付いちゃうだろうが・・・.ああ,ああ・・・」


トモシビは怒り口調ではあるものの,声色と態度からは全く怒りは感じられない.ミーニャにされるがままだ.


その様子を,ただただじっと見つめていたキット.


ト:「はぁ・・・まぁいいか,ってこんなことしてる場合じゃねぇな.それで,どうする?日陰で休むか?もし,歩くのもしんどいようならおぶるぜ?」


キ:「・・・いや,いいよ.もう大丈夫だから.」


ト:「ほんとにか?無理すんじゃねぇぞ?」


キ:「うん,ほんとに大丈夫.・・・それよりも路地裏,行きたいんでしょ?案内するよ.」


ト:「おっ,マジか!それは助かる!・・・でも本当に大丈夫なんだろうな?体調.」


キ:「ハハッ,大丈夫だよ.ミーニャ.」


「ニャー」


気持ちよさそうにトモシビの足に頭をこすりつけていたミーニャは,キットの声に反応し,駆け寄っていく.


キ:「それじゃあついてきて,お兄ちゃん.」


ト:「おう,ありがとな.」


ト:(よかったぁー.これでなんとか無事に素振りはできそうだな.)


こうして,トモシビは,ミーニャとキットに案内され,路地裏へと向かっていくのだった.



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