第23話 ありえない現実

宿屋を出たトモシビ.

彼はそのままの足で,何の目的もないまま大通りに来ていた.


ト:(さて,大通りにきたはいいもののやることねぇんだよなぁ.・・・かといってすぐ帰るのは気が引けるし.ある程度は時間潰さねぇと.)


頭の後ろで手を組みながら,トモシビはぶらぶらと大通りを歩いていく.


レンガの建物が立ち並ぶ美しい街並み.朝ほどではないが,たくさんの人が行きかっている.


ト:(・・・メリーだったら退屈しないんだろうなぁ.)


冷めた目をしながら,そんな景色の中を歩いていくトモシビ.と・・・


ふわぁーーーー・・・


ふいにどこからともなく漂ってきた匂いにトモシビは足を止めた.


それは焼け焦げたたれの匂い.


食欲をそそるいい香りだ.


空腹感を刺激され,自然と匂いのする方に顔を向けたトモシビは,すぐにその匂いの正体を突き止めた.


ト:(・・・ああ,あの焼鳥屋か.)


それは,「やきとりや」という暖簾を垂らした小さな屋台だった.

もくもくと煙をたちこませながら今まさに焼き鳥を焼いているところだ.


いますぐ行けば焼きたての焼き鳥が食べられるかもしれない.


きっと,空腹の身体に染みわたる極上の味を堪能できるだろう.


グゥウううう―――――・・・


ト:(・・・はっ,いかんいかん.晩飯がちけぇんだ.いくら二日近く何も食べていないとはいえ,ここで食べたら男が廃る.ここはぐっと堪えねぇとな.)


我に返ったトモシビ.溢れ出ていたよだれを拭い,再び前を向いて歩きだす.


ト:(ほんと凶器だな,空腹時の焼き鳥の匂いは.・・・てか,あんな店,朝はなかったよなぁ.あの大きさだし,移動式の屋台なんだろうか.・・・まぁ正直,焼き鳥の一本や二本食ったところで晩飯には差し支えないんだろうけど,そういうちょっとした甘えが自分のルールを優しくして,意志を弱くしちまうからな.これ以上ダメな自分にならねぇためにもここは我慢しねぇと.・・・そういや,自分のルールと言えば,俺まだ日課の素振りやってなかったな.一応腕が落ちねぇように30分から1時間は毎日素振りしてるからなぁ.・・・うん,ナイフはいつものように靴底と袖に収納してあるし,いい時間つぶしにもなる.どこか人目のつかないところ・・・適当な路地裏でも探して素振りするか.・・・山賊の暗殺のときはヘマしちまったしな.もう二度とあんなことにはならねぇようにしねぇと.メリーの旅について行く以上,メリーの足手まといにはなりたくねぇからな.)


「おい,何ぼうっとつったってんだよ.注文は?」


ト:「ああ,すんません.とりあえず焼き鳥一本下さい.」


「あいよ.値段は銅貨1枚だ.」


ト:「はい.ちょっと待ってください.」


トモシビは少し焦りつつ,お金の入ったウエストポーチをゴソゴソし始める.


ト:(とりあえず,焼き鳥くって,その後路地裏で素振り・・・を・・・)


ピタッ


そのとき,トモシビの手が止まった.いや,手だけではない.ウエストポーチに手を突っ込んだまま,まるでその場だけ時間が止まっているかのように,トモシビの身体全体の動きが止まったのだ.


「ん.どうした?」


急に動きを止めた目の前の客に,何事かと訝しむ店主.


しかし,トモシビには店主の声は聞こえていない.そんな余裕がなかったからだ.


トモシビは驚愕の表情を浮かべながら,そのままゆっくりと顔を上げていく.


暖簾には「やきとりや」の文字.


暖簾を確認したトモシビは,ゆっくりと顔を下げ,元の位置に戻していく.


そして,目の前の情報を一つ一つ確実に処理していく.


・・・パチパチという火が弾ける音,もくもくと煙が立ち込めている光景.目の前の店主はさきほど焼き鳥を焼いていた人と瓜二つである.そして・・・,このタレの焦げた匂いと,目の前に並び,二段に積み上げられている焼けたばかりの焼き鳥たち.


間違いない.ここは・・・


ザザァアアアアアアアアアアアアアン!!!


ト:(焼き鳥屋の前・・・だとっ・・・!!?)


衝撃の稲妻がトモシビの身体に迸った.



──────────────────────────────────



目の焦点が定まらない.


背中から嫌な汗が滲み出ている.


無意識に焼き鳥屋の前まで来てしまっている─その現実にトモシビは激しく動揺していた.


ト:(そんな馬鹿な!こんな,こんなことがあり得るのか・・・!!確かに,俺は今まで空腹時に目の前の食べ物を我慢する訓練なんてしたことはなかったし,焼鳥屋からは食欲を刺激する香ばしい香りもしていた.でも,だからって,無意識に焼鳥屋の前まで来てしまうだなんて・・・.・・・いや,まだだ.まだ俺は負けてない.確かに,俺は焼鳥屋の前まで来てしまっている.だが,注文してしまっただけで,まだ買ったわけではない.大丈夫だ.俺はまだ引き返せ─


「あのぉ,早くしてくれませんか?」


後ろに並んでいる客にせかされるトモシビ.


ト:「ああすみません.」


トモシビは反射的に謝り,さっと財布から銅貨1枚を店主に渡す.


「へいまいど.銅貨1枚ちょうどね.・・・ほい,焼き鳥.熱いうちに食べな.」


ト:「ありがとうございます.」


「はい,次の方どうぞ.」


トモシビは,後ろの客の邪魔にならないように,さっさとその場から離れた.


タッ,タッ,タッ・・・


ザザァアアアアアアアアアアアアアアン!!!


(焼き鳥を買ってしまっている・・・だと!?)


トモシビの身体に,本日二度目の衝撃が迸った.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る