第21話 ハクチョウ=ミライ
メ:「・・・へっ?」
またもや肩透かし.完全な肩透かしである.
「ほんっとうに申し訳ございません!すぐに傷の手当てをしますんで、ちょっと待ってくださいよ.今傷薬を・・・.」
男はウエストポーチをゴソゴソし始める.
メ:「あっ,いや,傷はもう魔法で直したんで大丈夫です。」
「えっ,魔法で・・・ほんとだ.よく見たら服に穴が開いているだけで傷口はふさがってますね・・・。」
メ:「えっと,それよりも・・・ごめんなさい。ちょっとまだ理解が追いついてなくて・・・。あなたはいったい何者なんですか?ロウジーさんの仲間っていうことでいいんですよね?」
「ああ,そうっすよね.まずは立場を説明しないとですよね.コホンッ・・・申し遅れました.僕の名前はハクチョウ=ミライ。憲兵隊の一人っす。」
メ:「けんぺいたい・・・.」
(あれ?憲兵隊って確か,トクダ村で魔女を殺したことを表彰したっていう・・・.)
ハ:「そして,さきほどあなたを襲ってしまったのが─
と,そのとき
ブワァアアア!!
メ:「!?」
突然、シアン色の二本のトゲが,褐色の男の左右からメリーに向かって襲い掛かってくる.
メリーは反射的に足元に土壁を発動しその攻撃を回避しようと─
スパパッ!!
ハ:「いや,空気読めよ・・・.」
─した瞬間,目にもとまらぬ速さで,褐色の男の剣が左右のトゲを切断した.
メ:「!?」
メリーはその光景にまたもや驚く.
メ:(すごい.あのトゲを一瞬で・・・.剣筋も全く見えなかった.本当になんなんだ,この人.)
ロ:「主(あるじ),あなたは魔女の味方をするつもりか?」
斬られたトゲを身体に引っ込ませながら,ロウジーは口を開く.見ると,まだ身体全体は水色のままで,下半身はまだどろどろのままだが,頭から腰の辺りまではすでに人の形に変形できている.
ハ:「はぁ・・・,スラ8号.この人は今回この町で起こってる事件とは関係がないんだ。僕が別の真犯人をついさっき突き止めた。だから矛を納めろ。もう攻撃しようとするな。」
ロ:「・・・しかし,そいつは魔女だ.生かしておいては危険だ.今のうちにそいつを始末せねば─」
ハ:「スラ8号・・・.僕の命令が聞けないんすか?」
ロ:「・・・分かった.もう攻撃しない.」
ハクチョウの静かな,しかし怖さをはらんだ声.その言葉にロウジーさんは,いやスラ8号はシュンッとなる.
ハ:「・・・さて,なんども申し訳ないございません.彼の名前はスラ8号.僕と同じく憲兵隊の一人で一応は僕の部下にあたるっす.僕たちはこの町で起こってる行方不明事件に関して調査中でして,その犯人が魔女である可能性が高いと考えていたんす.いまはもう違うってわかってるんすけど,スラ8号とは情報が共有できてなくてですね.それで,魔女であるあなたを襲ってしまいました。本当に申し訳ございません.」
メ:(・・・やっぱりそういうことだったのか.ただ魔女っていう理由だけで,わたしのことを襲ってきたわけじゃなかったのね.)
メ:「・・・分かりました.次からは気を付けてください.・・・それにしても,わたし憲兵隊のこと勘違いしちゃってました.てっきり憲兵隊って,魔女の・・・ん?どうかしました?」
話を続けていたメリーは,ふいにハクチョウが驚いたような顔でこちらを見つめていることに気が付き,喋るのを中断する.
ハ:「あっいや,すみません.ちょっと反応が意外だったもので・・・.許してくれるんすね,僕たちのこと.かなり痛くて辛い思いをさせてしまったはずなのに.」
メ:「・・・まぁ,そうですね.確かに辛い思いをしましたし,かなり危ない戦いではありましたけど,その分自分の成長にもつながったと思いますし,間違いは誰にでもあるものですから.」
ハ:「・・・めがみ.」
メ:「はい?」
ハ:「あっ,いやすみません.独り言っす.」
メ:「そうですか.」
メリーは若干訝しがりながらも,気を取り直して,再び疑問をぶつける.
メ:「・・・あの,それで一つ質問があるんですけど.」
ハ:「はい.なんですか?」
メ:「憲兵隊って王都の部隊なんですよね?」
ハ:「はい.王都,というよりも王直属の部隊ですね.国を守る使命もありますのでこういう風に地方に派遣されることもありますが・・・.」
メ:「わたし,他の村で憲兵隊に魔女討伐を表彰されたって話を聞いたことがあって,てっきり憲兵隊って魔女を目の敵にしてる人達だと思ってたんです。でも,ロウジーさんは,・・・ええと,スラ8号さんは魔女を目の敵にしてるようだったけど,少なくともハクチョウさんは魔女だからといってわたしを攻撃しようとはしなかった.もしかして,王都では魔女は悪者じゃないっていう雰囲気が広まってきてるのかなって思って・・・.」
メリーの淡い期待を込めた問い.その問いに,ハクチョウは躊躇するような素振りをみせつつ,口を開く.
ハ:「・・・いえ,残念ながら,王都でもほとんどの人は魔女は悪者だと考えています.スラ8号は少し特殊なんですが,他の憲兵隊の人達の多くも魔女への敵意を糧に訓練に励んでいます.僕はミラ先輩に─僕の先輩に当たる方に,個別に魔女について教わっていたのであなたを襲わなかっただけでマジョリティーは魔女を敵視している状況です.」
メ:「そうですか・・・.」
ハクチョウの言葉にメリーは少ししょんぼりする.
メ:(やっぱり,王都でも魔女は悪者のままなんだな.・・・いや,なに落ち込んでるのメリー!そんなの初めから想定してたことでしょ!それよりも王都にも魔女だからって敵視していない人がいるってことが知れただけでも収穫じゃんっ!)
メ:「分かりました,ハクチョウさん.」
ハ:「すみません.ご期待に沿える回答じゃなくって.」
メ:「いえ,確かに少しショックでしたけど,王都にも魔女を敵視していない人がいるって知れて希望が持てました.わたし,いま魔女の名誉を挽回するために旅をしてて,これからも魔女の汚名を晴らすために旅を続けるので,ハクチョウさん達もお仕事頑張ってください!」
ハ:「・・・本当にすごい人っすね,あなたは.」
メ:「?そうですか?」
ハ:「そうっすよ.マジで・・・.あの,失礼ながらお名前を伺ってもよろしいっすか?」
メ:「あっ,はい.わたし,メリーって言います.」
ハ:「メリーさんっすねぇ.・・・僕たちのこと理解してくれてありがとうございます.僕はこのあと,犯人を捕まえに行かなきゃいけないんで,この場を後にさせていただきます。スラ8号!」
ロ:「・・・はい.」
無機質な返事をするスラ8号.すでに身体は人間の身体に変形しきっている.
ハ:「君はメリーさんの行きたい場所に案内してやってくれ.あと,ついでに代わりの服の用意も頼む.その後は,元の配置に戻ってくれ.いいな?」
ロ:「・・・御意.」
ハ:「それじゃあ,僕はこれで.また,何か気になることがあればスラ8号に聞いてください.」
メ:「あっ,はい.」
ハ:「あと,お願いなんすけど,ここで僕から聞いた話は内密にお願いします.一応僕たち,潜入捜査という形でこの町にいるんで.」
メ:「はい.分かりました.」
メ:(せんにゅうそうさ.なんかかっこいい・・・.)
ハ:「それじゃあ,失礼します・・・.」
フッ・・・
そういうと,ハクチョウは軽やかにそばにあった家の屋根まで飛びあがり,
タッ,タッ・・・と,屋根から屋根へこれまた軽やかに飛び移り,あっという間に姿を消していった.
メ:「・・・.」
メ:(すごい身体能力だな.ハクチョウさん.魔法を使っていないことが信じられない・・・.)
ブワァ
メ:「!!?」
寒気を感じ,反射的にロウジーの方に身構えるメリー.
ロ:「安心しろ.お前の服の穴をふさぐだけだ.」
メリーの態度を尻目に,ロウジーは淡々と自らの右手を伸ばし,メリーの着物にくっつける.右手は着物にくっつくと同時に染み込んでいく血のようにじわじわと着物全体に広がっていく.
なるほど,確かにロウジーの右手に覆われた部分の穴がみるみるうちにふさがっていく.きっと自らの身体の一部を着物とくっつけているのだろう.
メ:「・・・.」
メ:(すごい.もうふさがってる.全然違和感がない.・・・しかも,血までとってくれてる.)
ロ:「・・・これで服は元通りのはずだ.」
そういうと,メリーの着物全体を覆っていたロウジーの右手が引いていき,完全にメリーの着物から離れる.
メ:「・・・ありがとう,ロウジーさん.・・・いや,スラ8号さんって言った方がいいのか.」
ロ:「・・・.」
右手を元に戻したロウジー.メリーの言葉に反応する様子はなく,そのまま黙々とメリーの傍らを通り過ぎ,歩いていく.
タッタッタ・・・
その様子を振り返りながら黙って見つめるメリー.
ロ:「・・・何をしている.西門方面の大通りに行くんだろ?ついてこい.」
メ:「あっ,うん.」
メリーはそそくさと,ロウジーの後ろへついて行く.
メ:(・・・なんというか,シャイな人なんだなスラ8号さん.)
こうしてメリーは,スラ8号に連れられ,大通りへと向かっていくのだった.
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