第16話 屋台巡り

服屋の店主:「明日の朝取りにおいで!そのときまでには仕上がってるから.」


メ:「はい!お世話になりましたー!」


ここはハジメ町の服屋─キチノ屋.

 服の縫い直しとクリーニングを頼み終え,浴衣に着替えたメリーは,案内してくれた通行人の二人─キクヨさんとミルヨさんと共に服屋を後にする.


─パタンッ


キ:「よし.これでメリーちゃんの服はもう大丈夫ね.」


メ:「はい.最後まで付き添ってくれてありがとうございます.服まで選んでくれて・・・」


キ:「いいのよいいのよ.私たちも娘の相手してるみたいで楽しかったし.」


ミ:「それにしても,我が子にお守りを持たせるだなんて,愛されてるのねぇメリーちゃん.もう忘れないようにね?」


メ:「はい.ほんっと気を付けます.」


お守り,そうお守りだ.魔女の村を出る時に母親に渡された,黒色の下地に白い幾何学模様の書かれたお守り.渡されたときに,服の内ポケットにしまっていてそのままにしていたものだ.今の今まですっかり忘れていたのだが,いざ服を服屋に預けるとなった際にふと思い出し,急いで取り出したのだ.あやうくそのまま洗濯されて,中身がボロボロになってしまうところだった.・・・いや,まぁ中身に何が入っているのかは知らないのだが.


メ:(まったく・・・こんなに大切なもののことを今まで忘れていたなんて.せっかくのお母さんからのプレゼントなんだから,もっと大事にしとかないと.)


メリーは気持ちを新たに,お守りを帯の中へと大事にしまった.


キ:「それにしても,その浴衣ほんっとうに似合ってるわねぇ」


キクヨは感心したような表情でメリーの新しい衣装を褒める.


メリーは現在,桜の花を基調とした美しい浴衣を着ている.浴衣は普段着ではないが,この町の伝統衣装らしい.メリーが服を預け,代わりに着る服を借りることになった際に,キクヨさんとミルヨさんの二人が「せっかくこの町に来たんだし」ということで浴衣を選んでくれたのだ.


ミ:「そうそう.お天道様の下で見ると,より一層綺麗だわぁ.」


メ:「ありがとうございます・・・.」


メリーは頬を赤らめる.


キ:「この後はどこに行く予定なの?さっきの一緒にいた男の子のところ?」


メ:「いえ,今日はまだ何も食べてないので,まずは屋台に行こうかなと.」


キ:「そうなの!?いいわねぇ屋台.この町の屋台だと,アスパラの肉巻きがすごくおいしいからお勧めよ?」


メ:「へぇー,あすぱらのにくまきか・・・.絶対食べてみます.」


キ:「ええ,ええ,是非食べて.絶対後悔しないから.」


ミ:「それじゃ,おばさん達はお隣の銭湯行くから.この町を楽しんでね.」


メ:「はい!キクヨさん,ミルヨさん.今日はありがとうございました.」


キ:「ふふっ,それじゃあまたね.」


ミ:「ばいばい,メリーちゃん.」


メ:「はい,さようなら!」


そうして,お互いに手を振り合い,キクヨ,ミルヨはメリーから離れていったのだった.


メ:(いい人達だったなぁ.・・・よーし,それじゃ切り替えて.行くか!屋台!!)








───────────────────────────








甘い匂いに,こってりとした匂い.食欲を刺激する刺激的な匂い.


フルーツ飴にパイナップル,春巻きに野菜スティック,フランクフルトに鳥のから揚げ.フルーツジュースにケバブなどなど・・・.


メリーが食べたことないもの,そして一目見て美味しいと分かるものを売っている屋台が,地平線の先までずらりと立ち並んでいる.しかも,まだ昼時には早い時間帯であるにも関わらず,大勢の通行人で賑わっている.まさに大きな神社のお祭りのような光景だ.


メ:「・・・.」


メ:(なんて,眼福な場所なの・・・.)


メリーは,そんな大賑わいの人込みの中,目の前に広がる楽園(エデン)に目を奪われ,立ちすくんでいた.


メ:(こんなにも素晴らしい場所があるだなんて・・・.はっ,いけない.わたしは食事をしに来たんだから.早く何か食べないと.)


ふいに謎の使命感に襲われ,メリーの身体はようやく動き始めた.


メ:(まずはどれにしようかなぁ・・・.あぁー,どれも美味しそうだなぁ.迷うなぁー.)


「安いよ安いよ!肉巻き.一個銅貨2枚だ!さぁ買った買った!」


そのとき,肉巻き屋さんの宣伝の声がメリーの耳に届いた.


メ:(あっ,肉巻き!おばさんたちがおススメしてた店っ!!)


メリーは人込みをかき分け,すかさず肉巻き屋さんに近づいていく.


メ:「おじさん!肉巻きください!」


「あいよー!ありがとねお嬢ちゃん!どの肉巻きにする?全部で6種類!ニンジン,ゴボウ,キャベツにレンコン,アスパラにじゃがいももあるよ!一番人気はアスパラだね.」


メ:(へぇー,やっぱりアスパラなんだ.)


メ:「・・・よーし,それじゃ全種類で!」


「ぜんしゅるいっ!?あいよー!ちょっと待っててね.」


少し動揺した様子の店主のおじさんだったが,すぐに気持ちを切り替え,調理器具の下の棚から大きめの葉っぱを取り出すと,その上に店頭に並べてある出来立てほやほやの肉巻きを盛り付けていく.


メ:(へぇー,こういう感じなんだ.)


そうして,6個の肉巻きを積み上げた後,葉っぱでくるみ,メリーに差し出した.


「はいよ!肉巻き全種類!お代は大銅貨1枚と銅貨2枚ね!」


メ:「はい!ええと・・・.」


メリーは自身の手持ちを確認する.

その所持金,大銅貨8枚.服屋さんでクリーニングと服の貸し出しを頼んだ際の料金が大銅貨2枚であり,銀貨を払った際におつりとして大銅貨を8枚渡されたのだ.


メ:(大銅貨しかないけど,大丈夫よね?)


メ:「大銅貨2枚で払います.」


「はいよ!おつりの銅貨8枚だ.・・・おおっといけねぇ.箸忘れるとこだった.ほい.あんがとよ!」


メ:「ありがとうございました!」


メ:(よし!やっぱりいけた!)


無事初めての屋台での買い物を終えたメリー,肉巻きの入った葉っぱの風呂敷を抱える.


メ:(うわー,ホッカホカだ.じゅるっ・・・どこで食べようかな.)


溢れ出てくるよだれを抑え,辺りをきょろきょろと見渡すメリー.

ちょうどよい大きさの石の台座を発見する.


メ:(よし!あそこにしよ!)


メリーはすぐさま石の台座に駆け寄ると,そのまま腰かけ,はやる気持ちを抑えながら,ゆっくりと葉っぱをオープンした.


メ:(うわー!改めて見ると美味しそー!)


大きなベーコンのようなお肉にアスバラガスやニンジン,キャベツがそれぞれくるまれている.


その温かくも香ばしい香りはメリーの鼻腔をくすぐり,ただでさえお腹のすいているメリーの食欲をこれでもかというくらいに掻き立てる.


メ:(よーし.それじゃあさっそく・・・いただきます!)


メ:(まずは・・・やっぱりこれかな.)


メリーはまず,一番上の段に乗っかっているアスパラの肉巻きを箸でつまみ,ゆっくりと口に運んだ.


メ:「あーん・・・.ん!?」


(美味しい!!)


口に入れた瞬間に広がる肉汁.アスパラの優しい甘さとシャキシャキとした食感.たまらない.これが一番人気.納得のうまさだ.


メ:「あん.・・・んーー!!」


二口であっという間に平らげてしまったメリー.嬉しい悶絶をしつつ,次の肉巻きを選び始める.


メ:「よーし,・・・次はこれにしよ.」


そうして選んだのは,中身が肉で隠れてしまっている肉巻きだった.


メ:(これは何の肉巻きだろう?さっきのよりやわらかい・・・.うーん.見た目じゃわからないなぁ.)


スンスン・・・.


メ:(んー,焼けたお肉のいい香り.)


メ:「あん.ん!?」


口に入れたそのとき,メリーに衝撃が走った.


メ:(何このうまさ!!?これ,じゃがいもの肉巻きだ.)


そう,それはじゃがいもの肉巻きだった.口に入れた瞬間,肉汁が広がるのはもちろんのこと,じゃがいもが肉の油をよく吸っているために旨味がどこまでも果てしない.アスパラのようなシャキシャキとした食感は楽しめないものの,ねっとりとしたじゃがいもの性質も相まって,舌に肉のうまみ,甘みが絡みつく.


メ:(んー!これも美味しい!・・・肉巻き恐るべし.)


そうして,ノリにのったメリーは勢いそのままに全ての肉巻きを平らげていき,葉っぱの上はあっという間に肉のあぶらのみになってしまうのだった.


メ:「んー,美味しかったー・・・.よし!この調子で,他の屋台の食べ物も全制覇するぞー!」





────────────────────





メ:「・・・おかしい.」


あれから,一時間ほどたったころ


メリーはケバブ片手に,残った所持金をまじまじと見つめていた.


その残高─銅貨2枚.あれだけあったお金がたったの銅貨2枚になっていたのだ.


おかしい,トモシビは1週間分の食費といっていたはずである.あまりにもおかしい.


メ:(待て待て,よーく思い出すのよメリー.・・・まず服屋さんに行って,そのとき料金が大銅貨二枚だったよね?それで,銀貨一枚払ったら,大銅貨8枚がおつりとしてきた.・・・つまり,銀貨一枚は大銅貨10枚の価値ってことだ.それで,肉巻き1個の料金が銅貨2枚で,6個買って代金が大銅貨一枚と銅貨2枚だった.・・・つまり,大銅貨1枚は銅貨10枚の価値ってことだ.つまり,もともとの銀貨1枚の価値は銅貨100枚の価値と一緒ってことか・・・.肉巻きは1個銅貨2枚だから,銀貨1枚で買える肉巻きの量はちょうど50個ってことになるわね.)


メ:「・・・.」


メ:(一食分の食費じゃんっ!!)


メリーは驚愕する.


メ:(肉巻き50個って一食分の食費じゃんか!銀貨1枚って,一週間分の食費じゃなかったの!?・・・いや,待てよ.そういえばトクダ村で食べてたとき「メリーちゃんって大食いだね」って言われてたっけ?・・・それじゃあ,もしかして,普通の人の一週間分の食事の量が私の一食分の食事の量ってわけ?・・・えっ?さすがにわたし,燃費わるすぎない?)


メ:「・・・」


メ:「あむ.」


メ:(うん.ケバブ美味しい.)


メ:(・・・まぁ,宿屋に行ったら,トモシビに相談しようか.それで,お金使い過ぎっていわれたら,ちゃんと謝ろう.それまでは今を楽しまなきゃね.)


切り替えの早いメリー.全力で今を楽しむ.


メ:「もぐもぐ,ごくん.」


メ:(ああー美味しかった.ちょうどお腹も膨れてきたとこだったし,屋台巡りはこれくらいにして,今度は町をまわるか.)


メ:「よいしょっと・・・.」



メル:「ここが屋台通りになります.」


マ:「ホッホッホ,やはり昔と変わらぬ活気にあふれた場所ですねぇ.」



メ:(・・・あれっ?なんだろうあの人達.)


立ち上がったメリーの目に,これまですれ違った人達とはどこか雰囲気が違う4人組の姿がとまる.


メル:「この通りは肉巻きやフランクフルトも人気なんですが,もう少し奥の方にある唐揚げ屋さんが一番人気でして,それはもう絶品なんですよ.この町特産の鶏を使っておりましてすごくジューシーなんです.」


マ:「そうなのですか.それじゃあせっかくだし,食べてみましょうかねぇ.」


前の方に眼鏡をかけたオールバックの男と華やかな刺繍の施された白服の中年,その後ろには,茶色い上着を羽織った熊のような図体の屈強な男が二人,無表情でついて行っている.


周辺の人達もメリーと同じく彼らを物珍しそうに見ていたり,避けるように道を開けたりしていた.


メ:(明らかに他の人達とは違うよね.後ろの人達は付き人みたいな感じだし,位が高い人とかなんだろうか.・・・ん?あれ?)


このとき,メリーはある違和感を感じる.


メ:(後ろをついて行ってる二人.・・・なんだろう.変な感じがする.なんだか,寒気みたいな・・・.)


・・・ギロッ


ドキッ!!


そのとき,ふいに男のうちの一人と目があい,メリーは反射的に目をそらした.


メ:(びっくりしたー.・・・流石にジロジロ見るのは失礼だったかなぁ.今度から気をつけよ.)


メ:「・・・それじゃあそろそろ,町の中探索してみるか.」


そうしてメリーは,今度こそ,屋台を離れ,町の中巡りに移行するのであった.




───────




護衛1:「主人・・・.」


護衛のうち,メリーと目が合った方がマルガオ伯爵に耳打ちする.


マ:「ん?ああ,わかってるよ.確かめてきなさい.」


護衛1:「・・・.」


護衛1はそのまま,マルガオ伯爵のもとを離れていく.


メル:「あれっ,どちらへ行かれるので?」


マ:「ああ,お花を摘みに行ってくるみたいです.」


メル:「あっ,なるほど.・・・護衛の者が途中で離れて大丈夫なのですか?」


マ:「ええ,こういう時のための護衛二人ですから.それに,護衛には私の居場所がいつでも分かるようになっておりますので,何の心配もいりませんよ.」


メル:「そうなのですか.それなら余計な心配でしたね.」


マ:「ホッホッホ.・・・ところで,さっきから何やらそわそわしているご様子ですが?」


メル:「えっ!?そわそわしてましたか?・・・申し訳ありません.やはり,役所のことが気がかりでして・・・.無意識にそわそわしていたみたいです.」


マ:「・・・そうですか.それじゃあ,あと数カ所見学したら,今日のところは切り上げましょうか.」


メル:「お心遣い,ありがとうございます.」


マ:「ホッホッホ.・・・いいんですよ.もともと私が無理を言って付き合っていただいているんですから.・・・それにしても,早く食べたいですねぇ.鶏のから揚げ.」


メル:「はい.・・・あっ,今ちょうど見えてきましたよ.あそこにあるのが唐揚げ屋になります.」


マ:「ほぉ,あの店ですか.・・・楽しみですねぇ.」


燦々と照り付ける太陽のもと,マルガオ伯爵はにこやかに微笑みながら,唐揚げ屋さんへと向かっていくのだった.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る